年下ワンコと完璧上司に溺愛されて困っています。
 もうこれ以上は無理だ。
 このまま居座られたら、本当に心臓が破裂してしまう。

 私は立ち上がり、慌てて言葉を繋いだ。
 「そ、そうだ! ごめんね、わたし……このあと昼から用事があるの! だから今日はここまで!」

 (あおい)はぱちぱちと瞬きをして、きょとんとした顔になる。
 「え、そうなんですか?」

 「う、うん! そうなの!」
 強引に作り笑いを浮かべ、手を振った。

 碧は少し首をかしげてから、にこっと笑う。
 「……わかりました。じゃあお邪魔しました」

 立ち上がった碧が身支度をしているあいだ、私はチラッと洗濯機の方を見やった。
 (……まだ乾いてない!)
 
 「被害者(シャツ)は……まだ乾燥中だから! ちゃんと乾かして、またお店に持っていくから!」

 碧は頷き、柔らかく笑った。
 「ありがとうございます。じゃあお願いしますね」

 玄関で碧が靴を履き終える。
 その背中を見て、私は胸の奥で小さく息をつく。

 (……ほんとにあっさり帰るんだ。昨日は結局何もなかったみたいだし。やっぱり素直で、かわいいワンコなんだ)

 ——でも。
 ここまでからかわれっぱなしじゃ、ちょっと悔しい。
 最後に大人の余裕くらいは見せておこう。

 私はわざと大人びた笑みを浮かべ、碧の頭に手を伸ばした。
「ほんと碧くんは、いい子だね!」
 軽く頭をポンポンと撫で、上から目線で褒めてやる。

 その瞬間。
 碧の瞳の奥で、ぞくりと色が変わった。

 「……いい子、ですか」
 
 耳に落ちてきた声は低く甘く、背筋に電流が走る。
 次の瞬間、ぐっと手首を掴まれ、身体ごと引き寄せられた。
 「ひゃっ——!」
 驚きの声が唇に塞がれる。

 ほんの一瞬、触れるだけの軽い口づけ。——それだけのはずなのに、心臓が跳ね上がる。

 「ん、っ……んん……!」
 抗議しようとしても、喉から漏れるのは甘い吐息ばかり。

 軽く触れるだけのはずなのに、息が熱くて、頭がぼうっとする。
 抗議の言葉を探そうとした瞬間、唇がさらに深く押し重ねられた。

 「……っ!」

 重なりは強さを増し、逃げ場を奪うように深まっていく。
 喉の奥から震えが漏れ、指先の力が抜けていった。

 (うそ……なに、このキス……。上手すぎて、頭が真っ白になる……)

 全身が痺れるように熱くて、膝から力が抜けていく。

 ようやく唇が離れたとき、私はぐったりと碧に支えられていた。
 立てない足が震え、力が抜けてそのまま座り込む。

 碧は支えた腕をそっと離しながら、耳元に顔を寄せる。
 そして低く、艶っぽい声で囁いた。

 「……おねーさん、隙だらけだね?」

 ぞわりと背筋を這う熱に、呼吸が止まる。
 碧はほんの少し口角を上げ、子犬みたいな笑顔に戻る。

 「今日は……ここまで。じゃあね、おねーさん」

 にこっと笑い、軽やかに玄関のドアを開けて出ていく碧。

 私はその場に崩れ落ちたまま、胸を押さえた。
 (な、なに今の……!? こんなの……反則……!)

 静かな部屋に残ったのは、荒れ狂う私の心臓の音だけだった。
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