片思い7年目
◇◇◇

「あのー、美代子さん? 考えてとは言うたけど、今やのうてええで?」

 依然として正常に戻らない思考回路は、私の全ての行動をフリーズさせていた。優太の結婚を受け止めるだけで精一杯なのに、千颯の気持ちまで考えることはやっぱりできない。

「えっと、とりあえず保留でいい?」
「じらすなぁ。まぁ、こんなタイミングで言われても困るよな」

 千颯はちょっと残念そうに笑った。そして、友人の距離に戻って、三歩先を歩きながら私に話しかける。

「ほな、失恋旅行でも行こうや。お盆休み取れるんやろ?」
「千颯の奢りならいいよ」
「そらもちろん、そのつもりやで」

 冗談だよ、と背中に声をかけるも「今日はお星さんが綺麗やな」なんて聞こえないふりをされてしまった。

 駅につき、別々の改札へと向かう。人混みの中でひとりぼっちになると、優太と彼女が笑い合うシーンがフラッシュバックする。体の奥から底知れぬ不安が込み上げた。考えるより先に、千颯がいた方へと振り返る。すると、まるで私がそうすると知っていたかのように、こちらを見て手を振った。その少し寂しそうで、少し嬉しそうな柔らかく崩れた表情に心が穏やかになるのを感じ、私を飲み込みかけた不安はサッと引いていく。控え目に手を振ると、千颯はぶんぶんと身振りを大きくした。

 慰めたい、惚れてほしい、なんて言ったくせに、傷心した私をホテルに連れ込むどころか、酒を一滴も飲ませずに帰らせる千颯に、私は大事にされていると実感して素直に嬉しかった。しかし数秒後、もう優太からは貰えない物だという事実が頭をよぎって、空腹の胃が気持ち悪くなった。

「なにこれ、情緒不安定すぎ?」

 私はもう、優太以外に恋ができる気がしないのだ。
 仕事で疲れ切ったであろう大人達が揺れている電車の中で、同じように吊り革を握る。ふと、優太のニヤけ面を思い出して、大きく頭を振った。大好きなえくぼを見て、まだときめいている自分が虚しかった。

 窓に映った自分は覇気がなく、泣きそうな顔に見える。千颯や、優太の彼女とは正反対のうねった髪の毛が、今日はいつにも増して憎たらしい。優太が彼女と付き合い始めてから縮毛矯正はやめてしまった。振り向いてもらう努力を、あの時確かに怠ったのだと気づく。ベッドに飛び込んで暴れまわりたい気持ちを抑えて、スラックスをぎゅうと強く握った。

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