蝶々のいるカフェ

第6話 成長

 平日の午後、私はいつものカフェにいた。席には日差しが入り込んでいたが、まぶしいほどではない。

「かしこまりました。アメリカンとイチゴのショートケーキですね」

 バイトの恋ヶ窪さんの声がした。テキパキと仕事をしている。以前とは見違えるようだ。

 うん?

 あらためて店内の様子をうかがっていると、見慣れない店員が居た。

 他の席の注文を受けているようだ。

「ごっご注文はお決まりでしょうか?」

「えーと、カフェラテとチーズケーキで」

「かっかしこまりました」

 緊張しているようだ。新人のバイトかな。

カウンターへ戻ろうとすると、恋ヶ窪さんがその新人だと思われるバイトに話しかけていた。

「そんなに緊張しなくては大丈夫だよ。あと、メニューの復唱を忘れずにね」

「はっはい。わかりました!」


 しばらくして、私の席に恋ヶ窪さんが注文を受けに来た。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「エスプレッソと、ショートケーキをお願いするよ。ところであの子は新人のバイトかな?」

「はい。昨日、入ってきたんですよ。まだまだ至らぬことがありますが、よろしくお願いしますね」

 私はあの子を見て、入ってきたばかりの恋ヶ窪さんを思い出した。

「君も新人の頃はもっと酷かっ……」

「しっ、ダメですよ。そういうことを言っちゃ。示しがつきません。指導がしづらくなってしまいます」

 客がさきほどより増えてきた。

 恋ヶ窪さんと新人バイトがいそいそと店内を動き回る。


 私がすでに注文したエスプレッソを飲んでいると、隣から不満そうな声がした。

「チーズタルトを頼んだのに、チョコタルトがきたぞ」

「すっすみません。すっすぐにお持ちします」

 新人のバイトがペコペコと謝っている。

 すかさず、恋ヶ窪さんが新人のバイトの脇に立った。

「チーズタルトをすぐにお持ちします。お代は結構です」

「いいよいいよ。チョコタルトも嫌いじゃないし。お代も払うから気にしなくていいよ。ただ、間違えを指摘しただけだよ」

 恋ヶ窪さんも頼もしくなってきたな。

 窓の外を見ると、先ほどより暗くなってきた。

「まだ、暗くなる時間じゃないのだが」

 そう呟くと……


 ザ~~~~~

 急に雨が降ってきた。急に天気が変わるなんて、この季節にしては珍しいな。

 カランカラン……

 カラン……

 カランカラン……

「いらっしゃいませ~!」

 急に客が入ってきた。雨宿りだろうか。それにしても客が多い。ここまで多いのは初めて見たかもしれない。

 客席はすべて埋まってしまったようだ。

「小川さん、座席の2と7の片づけをお願いしますね」

 恋ヶ窪さんが頑張って指示をしている。店員札を見る限り小川とは、新人のバイトの名前のようだ。

「お待たせしました。カプチーノでございます」

「キッチンからイチゴショートを出して!」

「マスター、カフェ・マキアート頼みます!」

 恋ヶ窪さんが大きな声を出す。

 そういえば、以前はアプリだと見える蝶々も一緒に手伝っていたな。そして、視線をモニターへ向ける。

 モニターでは蝶々が恋ヶ窪さんを導いている様子はうかがえなかった。

 と言うことは、もう一人でいろいろと仕事をこなせるんだな。


 窓の外を見ると、雨はやんでいた。

 店が少しずつ空いてきた。

 客も減り、ひと区切りが付いた瞬間。「疲れた~」と恋ヶ窪さんが体の力を一気に抜いた感じで、ガクッと椅子に腰を掛けた。

「おつかれ。よく頑張ったね」

 マスターがアイスコーヒーを恋ヶ窪さんと小川さんに差し出した。

「こんなに頑張ったのは、初めてかも」

 さっきまでの表情とは違って恋ヶ窪さんは笑顔で話をしていた。


「ごちそうさま。今日は良い物を見られたよ」

 店のみんなが充実感に浸っている中、私は店を出た。




< 6 / 9 >

この作品をシェア

pagetop