彼と妹と私の恋物語…結婚2週間で離婚した姉が再婚できない理由…
「…鏡先生。少し、話がしたい」

静まり返ったオフィスに、秋太の低い声が響く。京子は振り返り、無感情な仮面を貼り付けたまま彼を見据えた。心臓が嫌な音を立てているのを、悟られてはならない。

「業務に関することでしたら、明日にしていただけますか。副社長」
冷たく突き放す言葉に、秋太は怯まなかった。
一歩、また一歩と距離を詰め、その真剣な瞳で京子の魂を射抜くように見つめる。
「君は、一体誰なんだ」

その問いは、鋭利な刃物となって京子の胸を深く抉った。
心臓が喉までせり上がってくるような衝撃。7年間かけて築き上げた「鏡京子」という分厚い氷の壁が、彼の真っ直ぐな視線ひとつで、いとも簡単に砕け散りそうになる。

(ダメだ、惑わされるな)

京子は、必死に自分に言い聞かせた。目の前にいるのは、かつて愛した男ではない。自分を信じず、守ってくれなかった男。妹を死に追いやった犯人を見過ごし、7年間ものうのうと生きてきた男だ。憎むべき相手のはず。
それなのに、どうしてだろう。こんなにも近くで彼の体温を感じると、凍てつかせたはずの心の奥底で、忘れかけていた「茅野楓」が悲鳴を上げている。

(違う。私は鏡京子。復讐のためだけに、ここに来た)

京子は奥歯を強く噛み締め、溢れ出しそうになる全ての感情を心の奥底に押しとどめた。
そして、完璧な無表情の仮面を貼り付け、ゆっくりと唇を開いた。

「…顧問弁護士の、鏡京子です」
「そうじゃない!」
声を荒げた秋太は、何かを言いかけて、ぐっと唇を噛んだ。

その表情を見た京子は、もしかして…気づかれたのかと一瞬感じた。

だが、かんだ唇を緩めてゆっくりと顔を上げた秋太の目を見るとキュンと胸が痛んだ。

秋太は京子を見つめて、こう思った。

違う…今は、彼女を問い詰めるべきじゃない…彼女が成し遂げたいことを邪魔をすることは、してはいけない。

そう思った秋太は、潤んだ目でそっと微笑みを浮かべた。

「…すまない。疲れているんだろう。気をつけて帰ってくれ」
秋太はそれだけ言うと、悔しさを滲ませながら踵を返した。

一人残されたオフィスで、京子は大きく息を吐いた。
危なかった。あの瞳に見つめられると、7年間かけて築き上げた「鏡京子」という鎧が、いとも簡単に崩れ落ちてしまいそうになる。
彼女は再びデスクに向かった。
感傷に浸っている暇はない。復讐は、最終局面を迎えようとしていた。


徹夜の調査の末、夜が白み始めた頃、京子の指が止まった。
ついに見つけた。
複雑に絡み合った資金洗浄ルートの終着点。いくつものペーパーカンパニーを経由し、最終的に大金が流れ着いていたのは、タックスヘイブンにある個人口座。
その口座名義は『MAYU NAITO』。

京子の唇の端が、静かに吊り上がった。それは、7年分の憎悪が凝縮された、氷のような笑みだった。
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