彼と妹と私の恋物語…結婚2週間で離婚した姉が再婚できない理由…

それを聞いた翔太は納得した。
秋太が養子行ってから、一度も宗田家に返ってこなかった。
会いに行っても会ってくれなかった。
時々、秋太が家に来ていると母のトワが外に出ていくこともあったが姿は見えないままだった。

「妻は、子供の頃に事故で左足首より下を切断している。それで、歩き方も変なのは確かだ。それでも、パラインピックで金メダルをとったくらいだ。…秋太はきっと、そんな妻が悪く言われることに耐えられなかったのだと思う。…口では可愛くないことを言うが。黙って家事も手伝っていたくらいだったからな…。副社長になってからも、なかなか苗字を変えてくれなかった。やっと苗字を宗田に代えてくれた時は、息子が戻ってきてくれてうれしかった。だが…」

翔太は痛い笑みを浮かべた。

「…やっと戻ってきたと思ったら、すぐに結婚相手を連れてきて…。とても複雑な気持ちで、素直に祝福できなかった。…それ故に、彼女にも嫌な思いをさせていたと思う。…汚名まで着せてしまい…謝っても謝り切れない…」

痛い笑みの向こうにうっすらと涙を浮かべている翔太。
そんな翔太を見ると、京子の胸がズキンと痛んだ。

「…先生を見ていると、彼女と重なってしまう。…ここで、先生を手放してしまうことは。…私の罪をもっと重ねるようで…」

京子はギュッと唇をかんだ。
拳はギュッと握りしめられ、怒りを抑えているようだ。

「冤罪を着せられたものは…その悔しさをどこにぶつければいいのか、分からないものです…」

翔太はそっと京子を見つめた。

「…わかりました。…社長がそうおっしゃられるなら、今回の話はいったん保留にします…」
「本当か?」
「はい。…あくまでも保留です。…」

それだけ言うと京子はその場から立ち去った。

「…本当にすまない…」
 そう呟いた翔太は後悔にさいなまれていた。


京子は、オフィスに戻れば、秋太の視線が突き刺さるように痛い。
廊下ですれ違うたび、エレベーターで乗り合わせるたび、彼は何も言わないが、その瞳は雄弁に「お前は誰だ」と問いかけてくる。
京子は、日に日に厚くなる氷の仮面で心を覆い、孤独な戦いを続けていた。張り詰めた緊張感に、心がすり減っていくのがわかった。

そんなある日の昼下がり。
社内のカフェテリアで、一人難しい顔で資料に目を通していた京子の前に、ふとコーヒーカップが置かれた。
「鏡先生、いつもお疲れ様です。眉間に皺が寄ってますよ」
顔を上げると、そこに立っていたのは、爽やかな笑顔を浮かべた営業部長の佐藤宗だった。

「…佐藤部長」
「そんなに根を詰めたら倒れますって。俺でよければ、話くらい聞きますけど?」
屈託なく笑いながら隣の椅子に座る佐藤に、京子は最初、警戒心を解かなかった。だが、彼の裏表のない真っ直ぐな瞳と、カラッとした明るい雰囲気は、秋太の持つ粘着質な熱とは全く違う種類のものだった。

「…少し、海外の判例に行き詰まっているだけです」
ぽつりと漏らした京子の言葉に、佐藤は「なるほど!」と大げさに頷いた。
「じゃあ、息抜きが必要ですね!駅前に新しいイタリアンができたんですが、今日のランチにでもどうですか?俺のおごりで!」
強引だが嫌味のない誘いに、京子は断るタイミングを失ってしまう。

その日を境に、佐藤は何かと京子に声をかけるようになった。
「鏡先生、この前の資料、助かりました!」
「今日のネクタイ、素敵ですね」
彼の太陽のような明るさは、復讐のために張り詰めていた京子の心を、少しずつ、だが確実にほぐしていった。秋太との息詰まるような緊張関係から逃れるための、唯一の避難場所のようにさえ感じられた。

ある時、佐藤が言った何気ない冗談に、京子は思わず小さく噴き出してしまった。
「あ…」
慌てて口元を押さえたが、遅かった。その一瞬見せた、氷の仮面が溶けたような自然な笑顔に、佐藤は心を奪われたように見入っていた。
そして、その光景を、副社長室のブラインドの隙間から、宗田秋太が苦々しい表情で見つめていることを、二人はまだ知らなかった。
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