許婚の犬神クンには秘密がある!

【第一話】犬神クンと春一番!

【プロローグ】

『よいな千保。お前は二十歳になったら優一郎君と結婚するのだ。

そうすることで、古来より受け継がれる犬神家の血を

西条寺家も継承することができる――』



 初めて出会った日のことを、今でも鮮明に覚えている。
 真っ黒の毛色に、艶やかな毛質。その目は鋭さを持ったまま、不条理な世界を睨みつけている。
 そっと抱きかかえると、心が温かくなって、とても愛おしく感じた。

 そのとき、決めたの。絶対に私が護ってあげるって――。


【第一話】犬神クンと春一番!


「お座り!お手!待て!」
「クゥン・・・」
「よしっ!まめ蔵よくできたねー天才!!食べていいよ」

 私の名前は西条寺千保。(サイジョウジ チホ)十二歳。今年の春から聖マリアンヌ学園中等部に通う、中学一年生になりました。
 今、一連の作法を完璧にこなしたのは、私の最愛のパートナーであるマメシバのまめ蔵。
 んぅー茶色い毛のモフモフが可愛い~。しっぽを振る勢いでおしりが揺れるのたまらんっ!

「ワンッワン」
「千保様。もうすぐお時間ですよ」

 朝食を終えると、お手伝いさんがやってきた。お皿を下げながら、食後にはちみつ入りの紅茶を用意してくれた。この春から、なんちゃって一人暮らしも始まって気分はウキウキ。
 スマホで時間を確認するとホーム画面には、もう一人の最愛のパートナーが待ち受けになっている。
 やっぱり優君も可愛いなぁ~耳がピンッってなってるところとかさ。たまらん♡

「ふふふ」
「お車お出ししますね」
「あっ今日は、犬神動物病院にまめ蔵を預けて行くから、車は大丈夫!」
「そうですか。お帰りは」
「帰りも遅くないから迎えはいいわ。それじゃ行って来ます!まめ蔵行こう」
「ワンッ」
「千保様!なにかありましたら、必ずご連絡下さいね。お父様に報告もありますので」
「はーい!」

 真新しい制服に着替えて玄関を出た。散りかけの桜が水色の空に舞っている。去年まで、お父様と海外で暮らしていたから、久しぶりに見る桜に心が躍る。

□□□

 犬神動物病院のドアを開けた。まだ誰もいない待合室に、カランカランと鐘がなり、人が来たことを知らせた。

「おはようございまーす」
「ワンッワンッ」

 奥の部屋のドアが開くと、髪を束ねながら茜さんがやって来た。

「千保ちゃん。おはよう」
「茜さん!おはようございます」
「まめ蔵君もおはよう。相変わらず仲良しね。でも送り迎え大変じゃない?他の子のついでもあるし、まめ蔵君も迎えに行こうか?」
「いえ。私が学校に行っている間、まめ蔵を見てもらってるのに、そこまで面倒まで見てもらうなんて」
「そう?大変なときは言ってね」

 茜さんは、優君の叔母に当たる人でこの犬神病院で働いている。まめ蔵もとっても懐いてて、色々と相談にのってくれる、私にとって優しいお姉さんみたいな存在。

「ところで優君は?」
「優一郎なら今出てったけど、そこで会わなかった?」
「ええっ!?優君、先に行っちゃったんですか!?せっかく一緒に行こうと思ったのに」
「今行ったばかりだから、すぐに追いつくと思うわよ」

 肩を落としていると、腕の中にいたまめ蔵がクゥンと甘えた声を出した。
 そのとき、カランカランとドアが開く音がした。わずかに開いた隙間から、一匹の犬が入って来る。

「あれ、優君?」

 真っ黒な犬は、私の姿に気がつくと金色の瞳を大きく見開いた。射貫くようにジッと見つめている。胸の鼓動がドキドキと高鳴っていく。

 そう――彼が、私の許婚でもある、犬神優一郎(イヌガミ ユウイチロウ)君。

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