許婚の犬神クンには秘密がある!

【第十話】犬神クンと初めてのキス!?


「わわぁぁぁっごめんなさいっ!!夜這いとかそういうのじゃ、そういうのじゃ」
「おい、暴れんなって・・・。俺、戻ってるのか?」
「いっ今戻ったの!!」

 慌て散らかす私とは対照的に、優君の思考はまだぼんやりとしていた。手をゆっくりと動かしたりと、まるで人間の体の動きを確認しているようだった。

「大丈夫?」
「・・・あぁ」

 優君が犬なってしまうときは、物理的な犬との接触。再び人間に戻る方法はわかっていない。すぐ戻るときもあれば、今日みたいに、ほぼ一日中犬のままのときもある。薬も効いたり、効かなかったりが続いている。

「あっ薬持ってきたよ」

 薬を渡そうとしたときに、優君の上に跨っていることに気がついた。
 さすがにこの状況はまずい。早く降りなきゃ。優君から離れようと腰を上げると腕を掴まれた。

「千保」

 いつもより低い声で名前を呼ばれて、胸の奥をぎゅっと締め付けた。優君は、まだ意識が朦朧としてるのか、虚ろな目を向けている。
 手が頬に伸びて来る。優君の指先が頬に触れた瞬間、ドキッとして息が止まった。そのままゆっくりと近づいてくる。逃げたくなる気持ちと、高鳴る気持ちが同時に沸き上がる。グッと体に力が入り目を閉じた。

「んぅ・・・」

 唇が重なった瞬間に声が漏れた。優君がいつもより、ずっとずっと近くにいる。ドキドキと鼓動が痛いくらい激しく鳴っている。苦しくなって優君の胸板を押すと、少しだけ離れて反射的に息を吸い込んだ。
 優君はそれを確認すると、また私の唇をふさいだ。
 どうしてこんなことになってるの?熱くて頭の中がだんだん痺れていく。
 静まり返る部屋で、時計の針がカチッと大きな音をたてている。窓の外は日が沈み、部屋が薄暗くなっていた。

 ようやく唇が離れた。目を開けると、優君の虚ろだった目に光が戻ってくる。

「・・・ちほ?なんで?っていうか俺今」

 慌てて口を押える優君。その顔が徐々に赤くなっていった。

「わっ悪い!無意識で」
「う、うん、大丈夫だよ」

 もしかして薬の副作用で意識がぼんやりしてた・・・?

「ほんと悪いっ。・・・嫌だったよな」
「い、嫌じゃないよ!私は優君の許婚もん」

 肩に乗っていた優君の手が離れた。眉間に刻まれた皺が、いつも以上に深くなっていた。

「許婚ってお前な・・・。好きでもない男にキスされたんだぞ。普通、怒るところだろ」
「だってそれは、優君が」
「許婚だからとか、俺がとかさ・・・結局お前はどうなんだよ。こんな変な体質の俺と一緒にいたら、お前だってそういう目で見られるんだぞ。いい加減、目ぇ覚ませよ」

 優君の言葉に体が固まっていた。また、静まり返る部屋。二階からまめ蔵の声が聞こえてくる。

 私は、物心つく前から、優君と結婚するとお父様に言われた。秘密を共有し犬神家を護る――。お父様はよく目を輝かせながら話すの。自分がおじ様に出会えたことは、一生涯の奇跡だと。そんな素敵な人の息子と私は結婚できるのだから、幸せだと。だから迷いはなかった。だけど、だけど・・・。

「優君は、私と許婚になったのそんなに嫌だった?」

 きっかけは普通じゃなかったけど、世間で言う『人を好きになる気持ち』と変わらない。好きな人の隣にいると嬉しくて、いないと寂しい。優君は私に対してそうじゃないの?

「優君・・・」

 優君から返事がない。息苦しくなって、逃げるように部屋から飛び出した。
 本当は、呼び止めて欲しかった。引き止めて、さっきのキスは本気だって、言って欲しかった――。
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