許婚の犬神クンには秘密がある!

【第十一話】犬神クンは不器用さん!

「おっはよー犬神!」
「っ…朝から声でけぇな」
「だって犬神が朝から学校いるの珍しいじゃん」
「頭痛ぇから耳元で騒ぐな。体調不良だ」
「えーまたまた、そんな嘘オレはお見通しだゾ。不良は不良でも、ただの不良だろ~」
「お前日本語可笑しくなってるぞ・・・いいから離れろ」
「これくらいのスキンシップ向こうじゃ普通だよ」
「ここは日本だ」
「ありゃ、犬神サァ~ン!今日はいつもに増して不機嫌デスネ!おおっ!?あれ西条寺サンじゃない?」

「西条寺サーン!!」



 朝、起きると熱でもあるのかと思うほどぼんやりとしていた。お手伝いさんに体温計を渡され、図ってみると平熱数値。
 初めて触れた唇は、柔らかくて温かい。フレームアウトした優君が視界一杯にいた。その瞬間、私の世界には優君しかいなくなった。
 私、優君とキスしちゃったんだ・・・。でも、どうしてあの後なにも答えてくれなかったんだろう。

「西条寺サーン!!」
「おい、いい加減やめろって」
「えーだって犬神の許婚なんだろ?だったら挨拶くらい」
「だーかーらー」
「西条寺サンおはようっ」
「わあっ!!びっくりした」

 昨日のことを、考えながら歩いていると、突然前方が遮られた。眩しいほどの笑顔で現れたのは、優君の大親友のクリス君だった。水色の瞳は今日の青空のように澄んでいる。
 隣にいる優君に思わず視線が泳いだ。迷子になった視線に、できるだけ優君をいれないようにした。

「お、おはよう」
「んん?どうしたの?元気ないね」
「そんなことないよ。でも、少しだけ寝不足かな」
「そうかーもうすぐテストだもんね~。オレもそろそろ勉強始めなきゃな」
「・・・」
「西条寺サン?」
「ごっごめんなさい。私今日、日直だから先に行くね、また」
「えっあぁうん。急に呼び止めちゃってゴメンね」

 校舎まで走った。後ろから視線を感じたけど振り返れなかった。
 隣にいた優君がなにも話してくれないのが恐くて・・・。

「なぁなぁ犬神、もしかしてなんかヤらかした?喧嘩か?西条寺サン犬神のこと、全然見なかったじゃん」
「・・・」
「あーっ!!お前もオレを置いてくなー!!」


□□□


「はぁ」

 授業が終わると、疲れが一気に圧し掛かってきた。日本と海外だと勉強の内容が、少しずつ違うから、覚えることが多い。
 ううん。違う。疲れてる原因は他に・・・。

「お腹すいた~!千保ー食堂行こうーってどうしたの?」
「うーん・・・ごめん。私あんまり食欲ないからパンで済まそうかな」
「体調悪いの?大丈夫?・・・あらスマホ光ってるわよ?」
「本当だ」

 確認すると優君からの連絡だった。心臓がぎゅっとしめつけた。震えかかる指先でメッセージを開いた。
 それは、今度の土曜日開けておいて欲しい――と言う予想外の内容だった。
 土曜日は特に予定なかったよね。まめ蔵と散歩して、新しくできたドッグカフェに行こうと思ってたけど。

「どうしたの千保?」
「あっえと・・・」
「あーその反応は犬神優一郎だな」
「えっ」
「ほら図星」
「さすがレナ、相変わらず鋭いな」

 人差し指を立てながら、得意げに話すレナ。

「洞察力には長けているもの。で、どうしたの?」
「今度の土曜日あけといて欲しいって」
「それだけ?普通にデートの誘いじゃない」
「デートの誘い?」
「違うの?付き合ったりしたらデートもするでしょ?」
「・・・ええっ!?デデッデート!?む、無理だよ無理!それに付き合ってるとは違うし。許婚ってだけで、デートなんてそんな」
「はぁ?今更なに言ってんのよ。そういうのすっ飛ばして許婚なんでしょ?なに?まさかまだデートすらしたことないの!?」

 レナの問いかけにゆっくり頷いた。レナは拍子抜けしたかのように、わざとらしい大きなため息をついた。
 そうか普通の男女交際は、お互いの気持ちを確かめ合って、付き合ってデートを何回か重ねて手をつないだりキスしたり、と順序があるのか。

「やっぱり私、優君に相手にされてないのかな」
「どうしたの急に」
「私、小さい頃から優君が大好きだった。たくさん助けてもらった。だから私も力になれたらって思うようになったの。・・・でも優君は私のことどう思ってるのかな」
「千保。アンタそれ、私じゃなく本人に聞きなさいよ」
「・・・うん。そうだよね。でも、でもなんか恐くて。私のこと好きじゃなかったらどうしようって」

 無理矢理に作った笑顔は、力が入らなくてすぐに崩れてしまった。
 教室の大きな窓から外を見ると、男女二人組が仲睦まじく話している。引き寄せ合うように繋がれた手は、お互いを待っていたかのよう。言葉で埋まらない空間が、二人の間に芽生えている。

「私は許婚とか、二人のことよくわからないけどさ。仮に犬神優一郎が、千保のこと好きじゃないとしたら、好きになってもらえるように努力すればいいんじゃないの?」
「えっ・・・?」

 レナはカバンから取り出したパックジュースにストローを挿した。
 昼食時間になった教室は、授業中の緊張感が抜けている。夏の生温かな風がレミの髪をなびかせた。

「普通に恋愛してる人だって、好きな相手に振り向いてもらえるように頑張ってるんだから。それは千保も同じでしょ?」
「う、うん」
「それもしてないのに、親が決めたから~ってだけで好きになってもらうのは、やっぱり難しいんじゃない?」

 レナの真直ぐな言葉は、行き止まりに立たされていた私に、別の道を教えてくれたようだった。
 恋愛経験もなく相談する友人も少ない私には、レナに言われた当たり前のことすら考えつかなかった。

「そっか・・・そうだよね!!ありがとう。私、少しでも優君に好きになってもらえるように頑張る!」

 窓の外の二人組を羨んでしまった数秒前の自分が、情けなくて恥ずかしい。

「フフフそうと決まれば、今日放課後あいてる?」
「放課後?特に予定はないけど」
「デート用の服を買いにいくわよ!戦闘服!」
「戦闘服!?」
 
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