反抗期の七瀬くんに溺愛される方法
 秋は、最後に少しだけ笑って言った。
「じゃあ、小春。15時半になったら教室に来て。……来なかったら、それが答えだと思うから」

 その言葉が、ずっと頭の中で反響していた。
 ――“それが答え”。
 その優しさの裏にある本気を、痛いほど感じていた。

 でも今、私は夏樹と一緒にいる。

 廊下の飾りつけはどこもきらきらしていて、クラスごとに呼び込みの声が響いていた。
「いらっしゃいませー!メイド喫茶です!」
「こっちはお化け屋敷だぞー!」

 クラスごとの呼び込みの声や笑い声があふれていた。
 夏樹と一緒にまわるだけで、いつもの景色が少し違って見える。

 校舎裏の模擬店を見て、ゲームをして、笑って――
 ほんの少し前まで、こんな時間が来るなんて思ってなかった。

 小春はきょろきょろとあちこちを見渡しながら歩いていた。
「ね、なつくん、見て!すごい、本格的!」
「おい、前、見ろって」
 そう言って、夏樹がさりげなく腕を伸ばし、私の手を軽く引いた。
 一瞬だけ触れた手の温かさに、心臓が跳ねる。

 離したくない、と思ってしまった自分に気づき、慌てて手を引っ込める。
 夏樹は何事もなかったように歩き出していたけれど、その横顔は少しだけ赤かった。

「なつくん、あっちの喫茶店も行ってみよう?」
「……ああ。けど、混んでるな」
 言いながらも、夏樹はさりげなく私の肩のあたりに手を添えて、誰かにぶつからないようにしてくれた。

 そんな優しさが、胸の奥で静かに波を立てる。
 ふと横を見ると、夏樹がわずかに口角を上げていた。

「なに?」
「別に。おまえ、ほんと楽しそうだな」
「だって、文化祭って楽しいじゃん」
「……そりゃよかった」

 その言い方がなんだか照れくさくて、思わず笑ってしまう。

「小春、こっちの方も見に行くか?」
「うん」
 自然に返事が出た。
 夏樹は無表情のまま前を歩いているけれど、どこか嬉しそうに見えた。

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