反抗期の七瀬くんに溺愛される方法
 一度だけ、私が夢中になって1人で歩いてしまったことがあった。
 気づいたときには人の波に囲まれて、泣きそうになって――
 でもすぐに、「小春!」と呼ぶ声がして、夏樹が駆け寄ってきた。

 汗だくで、少し息を切らせながらも、ぎゅっと私の手を握った。
『……見つけた。もう離さない』
 泣きながら笑った私の頭を、優しく撫でてくれた。

 そう、あの時からずっと。
 私は夏樹だけを見てきた。
 喋り方や態度は少し変わってしまったけれど、あのときの優しさと温もりが、今もちゃんとここにある気がした。

 ――夏樹といると、安心する。
 それだけなのに、どうしてこんなに、胸が痛くなるんだろう。

 ふと、夏樹が私の肩を軽く叩いた。
「……おまえ、ぼーっとしてどうしたんだ?」

 思わず顔を赤らめて、慌てて笑う。
「ううん、なんでもない」

 でも、その視線はずっと私を見つめていて、胸がぎゅっとなる。
 夏樹は小さくため息をつき、少しだけ微笑んだように見えた。

「ね、写真撮ろ?せっかくだし」
「は?」
「ほら、記念!」
 小春がスマホを構えた瞬間、背後から夏樹が少し顔を寄せた。
 画面越しに映る距離の近さに、息が詰まる。
 カシャ。
 撮り終えると、夏樹がぽつりと呟いた。
「……おまえ、笑ってるとき、ほんとガキっぽいな」
「え、なにそれ!」
 軽く叩くと、夏樹が珍しく笑った。
 その笑顔に、胸の奥がくすぐったくなる。

「……ほら、次、あっち行くぞ」
 さりげなく手を伸ばして、私の手を引く。
 人混みの中でも、しっかりと握られている安心感。

 二人で歩き出すと、校庭のざわめきが背景音になって、まるで世界が二人だけのものになったみたいだった。

 ――あぁ、この時間が、ずっと続けばいいのに。
 このまま、夏樹と一緒にいたい。

 二人で歩く足取りは軽く、自然と肩が触れ合う距離で、文化祭の午後はゆっくりと過ぎていった。
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