もしも、あっちの部活を選んだら?

崩れる不敗神話

月曜日。教室のドアがいつもより重く感じた。

東先輩に負けたのがショックでバドミントンをする気分に全くなれない。

大会まで、時間はほとんど残っていない。

「おはよう、真澄」

ぼーっと座っていた私に美優が声をかける。

「どうしたの、何かあった?」

そう美優が言った瞬間、後ろから「竹口さんバドミントンで負けちゃったんだって」と花村さんの声が聞こえてきた。

何で花村さんが私が負けたことを知っているの?

「そうなの、真澄」

「まあ、うん」

口の中がほんのりと苦い。
自分の口で肯定すると負けたことがより現実味を帯びてくる。

「竹口さんも負けることあるんだ。あんなに強いって言われてたのに」

花村さんの一言がガツンと鉄球で殴られたように頭に響く。

「練習サボってばかりだったんでしょ? これからはランニングとかも頑張らないと」

バスケ部の女子グループが花村さんの後ろでクスクスと笑っている。
バトミントン部の人たちと同じだ。私が試合に負けて喜んでいる。

バドミントンが強くなきゃ、私に意味なんてない。

「日頃の行いが悪いと天罰が当たるんだね」

花村さんたちの笑い声が大きくなる。

いや、花村さんたちだけじゃない。
クラス中の生徒が私を見て、薄ら笑いを浮かべている気がしてくる。

それを感じる度にじりじりと体のどこかが締め付けられるように痛くなる。

「ちょっと、そう言う言い方はないんじゃないのか?」

突然、コウが私たちの会話に飛び込んできた。

「伊崎君、急にどうしたの?」

花村さんがみるみるとしおらしくなる。

「真澄だって頑張っているんだ。その姿も見てないのに悪く言うのはどうかと思う」

「私はただ、竹口さんがバドミントン部で態度が悪いって聞いてたから……」

「だからって負けて落ち込んでいる人にそんな言い方はないだろ」

「伊崎君、竹口さんに優しすぎだよ」

花村さんが聞いたことのない甘えた声を出してコウに詰め寄る。

コウと花村さんの会話がうっすらと聞こえてくる。
二人が何を話しているかなんて正直、どうでもよかった。

バドミントンに負けただけでクラス中から蔑ろにされる。
それが耐えられない。

せっかく自分に合ったスポーツと出会えたと思ったのに。
もしも他の部活を選んでいたら今とは違っていたのかな。

「どうして伊崎君はそんなに竹口さんに優しくするの?」

花村さんの冷ややかな声が教室中に響く。

「もしかして二人って何か関係があるの?」

「別にそういうわけじゃないけど……」

しどろもどろにコウが答える。

私とコウはただの腐れ縁。それ以上でもそれ以下でもない。

「竹口さんのことが気になるの? それか何か負い目でも感じているの?」

負い目? その言葉が土曜日の部活を思い出させる。
そういえばコウから練習にやる気がない言われた。

「おかしいよ、伊崎君が竹口さんのことを庇うなんて。だって伊崎君だってもっと真面目に練習してほしいってクラスのグループトークで愚痴ってたじゃん」

グループトークって何?

私の知らないところで勝手に何かが動いている。
しかもコウがそこで私の話をしていたなんて。

「伊崎君だってバドミントン部なら竹口さんに困ってたわけでしょ? それなのに今更庇うなんてちょっと変だよ」

「俺は、別に」

どんどんコウの言葉がおぼつかなくる。

やっぱり、そうなんだ。
疑惑が確証に変わっていく。

「ねえ、コウは私のことどう思っているの?」

「え?」

「コウも本当は私が試合に負けてざまあみろって思ってるんじゃないの?」

「俺がそんなこと思うわけ……」

コウがそこで言葉を切った。
素直だからコウはそこから先の嘘が言えないんだ。

「コウ、私に言ったもんね。もっとちゃんと練習しろって。強ければいいってもんじゃないって。そんな私が負けたのがコウだって面白くて仕方ないんでしょ」

「そんなこと言ってないだろ」

クラスメートたちが私とコウの二人を見ている。

「私のいないところで私の悪口を言っていたんでしょ?」

「それは、ごめん」

やっぱり認めるんだ。

コウが余計なことを言うからこんなことになったんだ。

コウが同じクラスじゃなかったら。同じ部活じゃなかったら。
こんなことにはならなかったかもしれない。

「悪いことしたなって思ってるから、今私のことを庇っているんでしょ」

「そういうことじゃねーよ」

「だったら何で今になって私の味方をするのよ」

他の人と同じようにコウだって私の実力に嫉妬をしていたんだ。

ずっとコウだけは私の味方だと思ったのに。
だったら今更味方の振りなんてしないでよ。

「もう私に話しかけないで」

「違うんだよ、真澄。真澄!」

何度もコウが私の名前を呼ぶ。聞こえない振りをして机に突っ伏せる。

朝礼の時間を告げるチャイムが鳴った。

これから今日という一日が始まる。
クラスの誰も見ないように机の上で突っ伏した。
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