【完結】春の庭~替え玉少女はお飾りの妻になり利用される~

【愛読御礼番外編】公爵令息アーサーの憂鬱⑤

王都の屋敷に戻り、2週間で夏休みは終わった。
 学校も始まり、今シーズン最後の王宮のお茶会が開かれた。

 ローレンスに引っ張られ、久しぶりに参加したが、相変わらず実の無いお茶会だ。

「まぁ、アーサー様。お久しぶりです」
「アーサー様。お会いできてうれしいわ。わたくし……」

 僕とそう年が変わらないのにもう、しなを作る事を覚えている女子たち。
 相変わらず、香水臭い。


 庭園を走り回る幼稚なヤツもいれば、年長の男子は――――

「アーサー様。夏休みはベンティング侯爵領に行かれたんですよね。この冬はわが領へ……」
「いや、うちの領でスキーはいかがですか? パウダースノーで……」

 親の指示か、あからさまに取り入ろうとしてくる。


 無視をして木陰に避難する。
 遠くには談笑する5、6人のグループの中に、ローレンスの姿が見える。
 やっぱり、こんな低レベルな茶会になんて来るんじゃなかった。




 そこに侍女を引き連れたアンが現れた。

「アーサー様。ようこそお越しくださいました」

「お招きありがとうございます。アン王女殿下」
 ひざまずき、彼女の手を取りキスをする。

 すると周りからクスクスと笑い声が聞こえてくる。

「なに、あのドレス……華やかさのカケラもないじゃない」
 今日もアンは暗色のシンプルなドレスを着ている。
 学校の制服以外の彼女はいつも修道女のような出で立ちだ。

「ブクブク王女は何着ても似合わないからじゃない?」

「また少し太ったんじゃない?」

「あの歩き方見てよフラフラして…全く優雅さに欠けるわね」


 こいつらやっぱり●カ……いや、大●カだな。

 お前らこそ、品性も教養のカケラもない。
 アンは王族なんだぞ? 
 いくら未成年でも、その暴言は親の首を絞めることが分からないのか?

 しかもこの僕の婚約者――筆頭公爵キャンベルの公爵夫人になる人物なんだぞ?
 のちのち僕が報復するとは想像できないのか?


 ひとこと言ってやろうと、そいつらの方を睨むと

「アーサー様」
 アンが僕を見つめ、首を振る。

「どうして……!」


 どうして僕を止める!
 どうして反論しない!

 後ろに控える侍女たちも怒りで震えているが、口をつぐんでいる。

 そんな弱気でどうするんだ?
 僕の妻になるんだぞ?
 言われっぱなしで筆頭公爵夫人が務まる訳がないだろう!

 突然怒りが沸き起こる。


 ここ最近、モヤモヤした気分の原因が分かった。
 この不快感はアンのせいだ!



 アンは学院で勉強をしているだけ、それだけだ。

 僕の婚約者としてのなんの努力もしない。
 君が蔑まれるのは、僕の恥にもなるのに女子に悪口を言われるがまま。

 そして彼女は僕を好きじゃない!
 僕に好かれようなんて思っていない!
 だって……

「あぁ、そうだな! ブクブクに太っているのは事実だもんな!」
 するりの僕の口から出たのは、強烈な嫌味。


 静まり返った庭園では、その言葉は大きく響いた。

 自分でもその発言にびっくりして、思わず手で口をおおう。

 アンは目を見開き固まっている。
 そして、その右目からポロリと涙がこぼれた。

 女子たちにどんな悪口を言われても、愛想笑いをしていたアンの瞳からポロポロと涙がこぼれる。

「アン……」

「殿下!」
 侍女たちの悲鳴があがる。

 アンはその場で崩れ落ち、気を失った。





「痴れ者が!」

 父上に頬を殴られた。
 壁まで吹っ飛び、歯で切れた口の中が血まみれになった。

「陛下、王太子殿下も非常にご立腹だ。明日、謝罪に王宮へ行くぞ」

「……はい」
 あんな事を言うつもりは無かった。今すぐ謝りたい。

 ただ……悔しかったんだ。





 王宮で謝罪した後、アンの母親である王太子妃殿下に別室に呼ばれた。
 婚約破棄なんだろうなと覚悟しながら着席する。

「まぁ、綺麗な顔がこんなになって……可哀想に」

 王太子妃殿下にアンは良く似ている。
 少し垂れ目の優し気なエメラルドの瞳が、痛ましそうに僕を見た。

「……いえ……」

 父上に3発殴られた顔は大きく腫れ、赤黒く変色している。
 腫れあがった左目のせいで視界が狭い。

「アンに対する令嬢たちの心無い暴言には、わたくしたちも心を痛めていたの。でもアンに何もしないで欲しいと言われて傍観していたら、最近ますます酷くなって……そろそろ行動を起こそうとしていたのよ。どの家の誰が何を言ったか、記録済ですから」

 微笑みを浮かべるそのエメラルドは笑っていない。

「婚約者をバカにされてアーサーも辛かったわね」

 その言葉には唇が震えた。

「それにいくら口止めされたからって、アーサーにアンの容姿の事情を話さなかったのは、申し訳なかったと思っているわ」

「容姿の事情?」

「アンは太っている訳じゃないの」

「え?」

「アンは太っていないのよ」
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