聖くんの頼みは断れない
5・聖くんが外に出ない理由
ショッピングモールから、阿久津家に戻る。
楓くんは、ひとりになりたいって言って、自分の部屋にこもってしまった。
帰り道、楓くんはずっと暗い顔をしていた。結界士の家に生まれながら、あやかしに体を乗っ取られるなんて……ショックに決まってる。
お昼ご飯を食べていないから、遅めのランチ、ということで、聖くんが宅配ピザをとってくれて、ふたりで食べることにした。楓くんの分も、残しておこう。
「父も母も、あやかし相談で日本全国を飛び回っているから、あまり家にいないんだ。たまにお手伝いさんが来てくれて、掃除とか作り置きはしてくれるけど」
聖くんが、ピザをお皿に乗せて私に渡してくれながら言った。
そっか、だからいつもシーンとしているんだ。
「お母さんも結界士なの?」
「母は、仁愛と同じで、あやかしの声を聞けるくらい」
「そうなんだ。いただきまーす!」
あつあつのたっぷりチーズを口に入れる。普段、家ではあまり食べないから、濃い味付けがすっごくおいしく感じる!
「仁愛、今日は御苦労だったな」
食欲が落ち着いたところで、聖くんがコーラを飲みながら私をほめてくれた……のかな?
今日は、薄いピンク色のパーカーを着ている。
「ごくろうって、おじさんみたい」
「だれがおじさんだ」
ふん、と聖くんが鼻をならす。
「それはそうと、聖くんはどうして、くまのぬいぐるみに?」
私は、デスクの上に座っているぬいぐるみに目をやる。
「あれは、俺の形代みたいなもんだ」
「かたしろ?」
「身代わりってこと。いろいろ試した結果、あれがいちばん動きやすかった」
「そ、そうなんだ……」
そうまでして、どうして外に出たくないんだろう?
私が沈黙すると、聖くんはふふん、と鼻で笑う。
「外に出ないことを疑問に思っている顔だな」
「うっ、バレた」
私って、顔に出やすいんだな……。
ふふん、と聖くんはまた鼻で笑う。鼻で笑いすぎ。ぜったい、鼻水飛ばさないでよね!
「べつに、たいしたことじゃない」
そういって、聖くんはフードをかぶってうつむいた。そのまま、沈黙を続ける。
「聖くん、前に言ってくれたよね。だれだって、人からみたらたいしたことじゃないことで悩むんだよって」
聖くんは、はっと顔をあげる。フードの隙間から見えるピンク色の髪が、頬に張り付いていた。
聖くんは、こまったような笑みを見せた。
「じつは……さっき楓が話していたこと、リュックの中で聞いてしまった」
「さっきの話って……楓くんの悩みのこと?」
楓くんは、聖くんに対する劣等感を私に話してくれた。「僕はすべてにおいて負けてるから」って言葉も……。
それを、聖くんが聞いていたってこと?
え、え、え、やばいのでは? 楓くんが知ったらどうなるか……え、でも楓くんが聖くんのぬいぐるみを持ってきていたわけだし……てことは、聞かれているとわかった上で話したのかな?
私は、手にしていたピザのチーズをぼとりとスカートに落とすまで、フリーズしてしまった。
「あ、スカートが!」
お気に入りなのにー! あわてて、机の上のウエットティッシュに手を伸ばす。う、届かない……。
「まったく、仁愛は……」
聖くんが立ち上がってウエットティッシュをとり、私のもとへ。
ありがとう、と受け取ろうとするより前に、聖くんはその場にひざまずいてスカートに落ちたチーズをウエットティッシュでとってくれる。
聖くんの頭が目の前に。フードで隠れているけれど。
「じ、自分でやれるから……」
聖くんは、しばらく無言で私のスカートをウエットティッシュでぽんぽんとたたいている。しみ抜きまでやってくれているの……? と思ったけど、どうやらそうではないみたい。ぜんぜん、力もはいっていないし。
聖くんは、うつむいたままウエットティッシュをぎゅっと握りしめる。
「ほんとうにごめん。ふたりがどんな話をしているか気になって、あやかしの気配がないのに、ぬいぐるみに憑依してしまった。いつもはそんなことしないのに」
「そうなんだ……」
じゃあ、楓くんは聞かれていると思わずに話したってことだね。
「まさか、そんな話をしているとは思っていなくて。聞いてしまった以上、俺も自分のコンプレックスを正直に話すべきだと思った」
聖くんは、バツが悪そうに、立ち上がる。
部屋は静かになった。
聖くんはウェットティッシュをゴミ箱に捨てるとソファに座り直し、炭酸の抜けたコーラをひとくち飲む。
そして、フードをとる。ピンク色の髪の毛が静電気でふわふわになる。
「俺の話、聞いてもらってもいいか?」
「あ、うん。もちろん」
「こう言われたら断れないよな、ごめん」
私が断れないって知ってて、お願いをしてしまった聖くん。そのことに気付いて、さらに落ち込んでいるように見えるよ。
こんなにも弱気な聖くんの姿、はじめて見たかも。
「楓くんは知っているの?」
「楓も知らない。でも、あとで話そうと思う」
「私が聞いてもいいの?」
「仁愛も、断れない理由について教えてくれたじゃないか」
「そんなことはあったけれど……。あれは私が話したかっただけだし」
「聞いてほしいんだって」
無理やりな笑みを浮かべた聖くんは、コップをとん、と音をたてて置くと立ち上がって、私に背を向けた。
「ほんとうに、たいしたことじゃない。笑わないでほしい」
「う、うん」
私はごくり、とノドを鳴らした。笑ってしまうような話なの?
聖くんはくまのぬいぐるみを手に取り、口元を隠しながらくるりと振り返った。
そして、ためらいながら声を発した。
「俺、顔が良すぎるから」
うん? 今、顔が良すぎるって、言った?
私は、目をぱちくり。
その様子を見て、聖くんが大きな声を出す。
「だからイヤなんだ、正直に話すのが!」
うわぁ、と聖くんがぬいぐるみで顔をおおった。
「待って待って、もう少しくわしく話してほしいんだけど」
聖くんはテーブルに近寄ると、コップに残っていたコーラを飲み干した。ふう、と息をついたところで、聖くんはソファに体をあずけた。ぬいぐるみもいっしょに。
「はー、やっぱそういう反応になるよな」
天井を見上げて、しばらく黙る。私は続きを催促しなかった。
聖くんは上体を起こして、ぬいぐるみをいじくりながらゆっくりと言葉を続けた。
「……見た目が、目立ちすぎるんだよ。顔だけじゃなくて、この髪の毛も地毛だから。道を歩いているだけで見られるし、学校では女子に無条件に好きになられる。ちょっと話したからって「聖くんとしゃべったアイツをゆるせない」って仲間はずれにされた子もいた」
人気のある男の子と仲が良いだけで、なぜか目の敵にされるっていうのは、よくある。それについて、聖くんは心をいためていたんだ。
「人から見たら、羨ましいって思われるかもしれない。でも俺は、だめだった。地毛を黒く染めてみんなになじむことも、かっこいんだからみんなに好かれて当たり前っていうのも、俺のせいでだれかがつらい思いをするのも、受け入れたくなかった。俺が外に出なければ、この悩みはぜんぶ解消するんだって思ったから、外出をやめた」
聖くんのほんとうの心の叫びだ。こんなにかなしそうな顔をしている聖くん、見たことがない。こんなにも傷ついていたなんて……。
あーあ、と聖くんは明るい声を出した。
「な、たいした悩みじゃないだろ。俺が弱いのがいけないんだ」
なんてことないふうに、聖くんは笑う。
弱いから、なんてそんなことはないのに。誰だって、イヤなものはイヤだよ……。
どう話を続けていいかわからなくて、私は少し本筋から外れた質問をした。
「聖くんは、外に出なくなってどれくらいなの?」
「小学校入学してしばらくして、かな……完全に出なくなったのは小3にあがるくらい」
「そっか……」
「頼むから、暗くなるなよ」
強気な表情が多い聖くんだけど、今日はすごく弱気。なんだか子犬みたいな顔をしている。ちょっと、かわいいって思っちゃった。
私はソファから立ち上がると、聖くんに近づく。
この間、神々しくて触れられないと思ったピンク色の髪。色は違うけど、私たちと変わらない髪の毛。
不思議そうに私を見上げる聖くんの頭を、おもいっきりわしゃわしゃした。
「ちょ、仁愛! なに!?」
ぼさぼさ髪になった聖くんが、あっけにとられた顔で私を見上げる。
「いつかのお返し!」
うまく言えないけど……聖くんをよしよししてあげたくなった。ひとりでつらかったね、がんばったねって。外に出たくないけど、みんなのことは守りたいと思ってぬいぐるみを使う方法を考えてくれたんだね。
でも、聖くんはそういう言葉をのぞんでいるかわからなかったから。
だったら私たちらしく、ちょっとガサツなコミュニケーションでいいんじゃない? って思った。
単純に、髪の毛をぐしゃぐしゃにされたおかえしがしたかっただけ、っていうのもあるけど。
聖くんもやり返してくるかなって思ったけど、予想に反してなにも、やり返してこなかった。それどころか、うつむいてしまった。
え、怒った? 自分はぐしゃぐしゃってやるくせに?
心配になって、しゃがみこんで聖くんをのぞきこむ。
「どうしたの?」
聖くんは、うつむいたまま自分の髪の毛に触れた。
愛おしい宝物にふれるみたいに、やさしく。そして、うるませた瞳で私を見る。
「ものめずらしく見られることはあっても、人にふれられることはなかったから」
「そ、そうなんだ……」
「怖くないの?」
聖くんは、おそるおそるといった風にたずねてきた。
「ぜんぜん。怖いと思ったことはないよ。最初から、すっごくすてきな色だなって思ったし、聖くんに似合ってる」
神々しいと思って触れられなかったことは、言わないでおこうっと。
「なんだか……うれしいかも」
聖くんは、白い歯を見せて笑った。
こんなふうに、中学生らしいむじゃきな笑い方もはじめて見た!
まだまだ、私の知らない聖くんの姿がたくさんあるんだね。
楓くんは、ひとりになりたいって言って、自分の部屋にこもってしまった。
帰り道、楓くんはずっと暗い顔をしていた。結界士の家に生まれながら、あやかしに体を乗っ取られるなんて……ショックに決まってる。
お昼ご飯を食べていないから、遅めのランチ、ということで、聖くんが宅配ピザをとってくれて、ふたりで食べることにした。楓くんの分も、残しておこう。
「父も母も、あやかし相談で日本全国を飛び回っているから、あまり家にいないんだ。たまにお手伝いさんが来てくれて、掃除とか作り置きはしてくれるけど」
聖くんが、ピザをお皿に乗せて私に渡してくれながら言った。
そっか、だからいつもシーンとしているんだ。
「お母さんも結界士なの?」
「母は、仁愛と同じで、あやかしの声を聞けるくらい」
「そうなんだ。いただきまーす!」
あつあつのたっぷりチーズを口に入れる。普段、家ではあまり食べないから、濃い味付けがすっごくおいしく感じる!
「仁愛、今日は御苦労だったな」
食欲が落ち着いたところで、聖くんがコーラを飲みながら私をほめてくれた……のかな?
今日は、薄いピンク色のパーカーを着ている。
「ごくろうって、おじさんみたい」
「だれがおじさんだ」
ふん、と聖くんが鼻をならす。
「それはそうと、聖くんはどうして、くまのぬいぐるみに?」
私は、デスクの上に座っているぬいぐるみに目をやる。
「あれは、俺の形代みたいなもんだ」
「かたしろ?」
「身代わりってこと。いろいろ試した結果、あれがいちばん動きやすかった」
「そ、そうなんだ……」
そうまでして、どうして外に出たくないんだろう?
私が沈黙すると、聖くんはふふん、と鼻で笑う。
「外に出ないことを疑問に思っている顔だな」
「うっ、バレた」
私って、顔に出やすいんだな……。
ふふん、と聖くんはまた鼻で笑う。鼻で笑いすぎ。ぜったい、鼻水飛ばさないでよね!
「べつに、たいしたことじゃない」
そういって、聖くんはフードをかぶってうつむいた。そのまま、沈黙を続ける。
「聖くん、前に言ってくれたよね。だれだって、人からみたらたいしたことじゃないことで悩むんだよって」
聖くんは、はっと顔をあげる。フードの隙間から見えるピンク色の髪が、頬に張り付いていた。
聖くんは、こまったような笑みを見せた。
「じつは……さっき楓が話していたこと、リュックの中で聞いてしまった」
「さっきの話って……楓くんの悩みのこと?」
楓くんは、聖くんに対する劣等感を私に話してくれた。「僕はすべてにおいて負けてるから」って言葉も……。
それを、聖くんが聞いていたってこと?
え、え、え、やばいのでは? 楓くんが知ったらどうなるか……え、でも楓くんが聖くんのぬいぐるみを持ってきていたわけだし……てことは、聞かれているとわかった上で話したのかな?
私は、手にしていたピザのチーズをぼとりとスカートに落とすまで、フリーズしてしまった。
「あ、スカートが!」
お気に入りなのにー! あわてて、机の上のウエットティッシュに手を伸ばす。う、届かない……。
「まったく、仁愛は……」
聖くんが立ち上がってウエットティッシュをとり、私のもとへ。
ありがとう、と受け取ろうとするより前に、聖くんはその場にひざまずいてスカートに落ちたチーズをウエットティッシュでとってくれる。
聖くんの頭が目の前に。フードで隠れているけれど。
「じ、自分でやれるから……」
聖くんは、しばらく無言で私のスカートをウエットティッシュでぽんぽんとたたいている。しみ抜きまでやってくれているの……? と思ったけど、どうやらそうではないみたい。ぜんぜん、力もはいっていないし。
聖くんは、うつむいたままウエットティッシュをぎゅっと握りしめる。
「ほんとうにごめん。ふたりがどんな話をしているか気になって、あやかしの気配がないのに、ぬいぐるみに憑依してしまった。いつもはそんなことしないのに」
「そうなんだ……」
じゃあ、楓くんは聞かれていると思わずに話したってことだね。
「まさか、そんな話をしているとは思っていなくて。聞いてしまった以上、俺も自分のコンプレックスを正直に話すべきだと思った」
聖くんは、バツが悪そうに、立ち上がる。
部屋は静かになった。
聖くんはウェットティッシュをゴミ箱に捨てるとソファに座り直し、炭酸の抜けたコーラをひとくち飲む。
そして、フードをとる。ピンク色の髪の毛が静電気でふわふわになる。
「俺の話、聞いてもらってもいいか?」
「あ、うん。もちろん」
「こう言われたら断れないよな、ごめん」
私が断れないって知ってて、お願いをしてしまった聖くん。そのことに気付いて、さらに落ち込んでいるように見えるよ。
こんなにも弱気な聖くんの姿、はじめて見たかも。
「楓くんは知っているの?」
「楓も知らない。でも、あとで話そうと思う」
「私が聞いてもいいの?」
「仁愛も、断れない理由について教えてくれたじゃないか」
「そんなことはあったけれど……。あれは私が話したかっただけだし」
「聞いてほしいんだって」
無理やりな笑みを浮かべた聖くんは、コップをとん、と音をたてて置くと立ち上がって、私に背を向けた。
「ほんとうに、たいしたことじゃない。笑わないでほしい」
「う、うん」
私はごくり、とノドを鳴らした。笑ってしまうような話なの?
聖くんはくまのぬいぐるみを手に取り、口元を隠しながらくるりと振り返った。
そして、ためらいながら声を発した。
「俺、顔が良すぎるから」
うん? 今、顔が良すぎるって、言った?
私は、目をぱちくり。
その様子を見て、聖くんが大きな声を出す。
「だからイヤなんだ、正直に話すのが!」
うわぁ、と聖くんがぬいぐるみで顔をおおった。
「待って待って、もう少しくわしく話してほしいんだけど」
聖くんはテーブルに近寄ると、コップに残っていたコーラを飲み干した。ふう、と息をついたところで、聖くんはソファに体をあずけた。ぬいぐるみもいっしょに。
「はー、やっぱそういう反応になるよな」
天井を見上げて、しばらく黙る。私は続きを催促しなかった。
聖くんは上体を起こして、ぬいぐるみをいじくりながらゆっくりと言葉を続けた。
「……見た目が、目立ちすぎるんだよ。顔だけじゃなくて、この髪の毛も地毛だから。道を歩いているだけで見られるし、学校では女子に無条件に好きになられる。ちょっと話したからって「聖くんとしゃべったアイツをゆるせない」って仲間はずれにされた子もいた」
人気のある男の子と仲が良いだけで、なぜか目の敵にされるっていうのは、よくある。それについて、聖くんは心をいためていたんだ。
「人から見たら、羨ましいって思われるかもしれない。でも俺は、だめだった。地毛を黒く染めてみんなになじむことも、かっこいんだからみんなに好かれて当たり前っていうのも、俺のせいでだれかがつらい思いをするのも、受け入れたくなかった。俺が外に出なければ、この悩みはぜんぶ解消するんだって思ったから、外出をやめた」
聖くんのほんとうの心の叫びだ。こんなにかなしそうな顔をしている聖くん、見たことがない。こんなにも傷ついていたなんて……。
あーあ、と聖くんは明るい声を出した。
「な、たいした悩みじゃないだろ。俺が弱いのがいけないんだ」
なんてことないふうに、聖くんは笑う。
弱いから、なんてそんなことはないのに。誰だって、イヤなものはイヤだよ……。
どう話を続けていいかわからなくて、私は少し本筋から外れた質問をした。
「聖くんは、外に出なくなってどれくらいなの?」
「小学校入学してしばらくして、かな……完全に出なくなったのは小3にあがるくらい」
「そっか……」
「頼むから、暗くなるなよ」
強気な表情が多い聖くんだけど、今日はすごく弱気。なんだか子犬みたいな顔をしている。ちょっと、かわいいって思っちゃった。
私はソファから立ち上がると、聖くんに近づく。
この間、神々しくて触れられないと思ったピンク色の髪。色は違うけど、私たちと変わらない髪の毛。
不思議そうに私を見上げる聖くんの頭を、おもいっきりわしゃわしゃした。
「ちょ、仁愛! なに!?」
ぼさぼさ髪になった聖くんが、あっけにとられた顔で私を見上げる。
「いつかのお返し!」
うまく言えないけど……聖くんをよしよししてあげたくなった。ひとりでつらかったね、がんばったねって。外に出たくないけど、みんなのことは守りたいと思ってぬいぐるみを使う方法を考えてくれたんだね。
でも、聖くんはそういう言葉をのぞんでいるかわからなかったから。
だったら私たちらしく、ちょっとガサツなコミュニケーションでいいんじゃない? って思った。
単純に、髪の毛をぐしゃぐしゃにされたおかえしがしたかっただけ、っていうのもあるけど。
聖くんもやり返してくるかなって思ったけど、予想に反してなにも、やり返してこなかった。それどころか、うつむいてしまった。
え、怒った? 自分はぐしゃぐしゃってやるくせに?
心配になって、しゃがみこんで聖くんをのぞきこむ。
「どうしたの?」
聖くんは、うつむいたまま自分の髪の毛に触れた。
愛おしい宝物にふれるみたいに、やさしく。そして、うるませた瞳で私を見る。
「ものめずらしく見られることはあっても、人にふれられることはなかったから」
「そ、そうなんだ……」
「怖くないの?」
聖くんは、おそるおそるといった風にたずねてきた。
「ぜんぜん。怖いと思ったことはないよ。最初から、すっごくすてきな色だなって思ったし、聖くんに似合ってる」
神々しいと思って触れられなかったことは、言わないでおこうっと。
「なんだか……うれしいかも」
聖くんは、白い歯を見せて笑った。
こんなふうに、中学生らしいむじゃきな笑い方もはじめて見た!
まだまだ、私の知らない聖くんの姿がたくさんあるんだね。