聖くんの頼みは断れない

6・聖くん登校で大パニック!

 人魚姫にとりついたあやかしに襲われた日、結局楓くんは私たちの前に姿をあらわさなかった。だから、月曜日の今日、登校してくるのか心配していた。
 結界士の能力がないことについて落ち込んでいたのに、標的にされてしまうなんてね……。
 中学校に登校しながら、私は不安だった。楓くんが落ち込んでないかなって。もし落ち込んでいたら、なんて声をかけたらいいのかな。わかんない、どうしよう……。
 そのとき、肩をぽん、とたたかれた。
 振りかえると……ぎこちない笑顔の楓くんがいた。
「おはよう、藍原さん」
「あ、おはよう」
 いつもと同じ表情、ってわけではないけど、顔を見られたことに安心する。
 いっしょに、横並びに歩いて学校に向かう。でも、どちらも口を開かなかった。
 どう声をかけていいか、わからなくて……。ほんとに私、ぜんぜんだめだなぁ。
 もうすぐ校門が見える、といったタイミングで、楓くんが口を開く。
「ごめんね、藍原さん。怖い思いをさせて」
「だいじょうぶだよ。聖くんが助けてくれたから」
「やっぱり、兄さんはすごいよね」
「うん、私のヒーローだよ!」
 私の言葉に、楓くんはうつむいた。
 あ、まずい。聖くんを褒めたことで、楓くんへの皮肉みたいになっちゃったかな……。
 楓くんは少し沈黙したあと、ぽつりと口を開いた。
「土曜日、海のところで、藍原さんが人魚姫のあやかしに言っていたよね。がんばっていれば、自分にあった幸せを見つけられるって」
「うん、言ったね」
「眠らされている間、その言葉が心に響いてきて。そっか、僕なりの幸せを見つけたらいいんだって思えた。結界士にこだわらなくても……って」
 明るい顔になって、ほほえむ楓くん。
 少しは元気になってくれたのかも!
「そうだね、楓くんにしかできないこと、見つけられないことって、きっとたくさんあると思う!」
「今はなにかわからないけど、見つけてみようって思えたよ。ありがとう」
 楓くんの笑顔に、ウソはないって思えた。
 つらい気持ちになりながらも、自分のことを受け入れられたんだね。
 自分にあった幸せか……私の幸せってなんだろう? 人(あやかし)にはえらそうに言うけど、あんまり考えたことなかったかも……。
 学校に到着し、昇降口にあがる。靴箱の前で履き替えていると、廊下から葉純ちゃんが小走りにやってきた。
「仁愛ちゃんおはよっ!」
「おはよう、どうしたの?」
 葉純ちゃんは、いっしょに登校してきた楓くんをちらりと見る。なんで、ふたりが? って顔をしているけど、すぐに私に顔を向けた。
「たいへん! 2年生に、すっごいカッコいい人が転校? してきたって!」
 2年生の、かっこいい人……?
「そうなの?」
「うん! しかも、髪の毛がピンクでっ! 二次元みたいだって!」
 葉純ちゃんは、すごーく興奮している。目がキラッキラ輝いていた。
 私は、楓くんと目を合わせる。楓くんも驚いたように目を丸くして、小さく首を振った。謎の転校生は聖くんに間違いないだろうけど、楓くんは知らないみたい。
「その人、2年生の教室に?」
「いるみたい。見に行く?」
 見に行く、という言葉に、言葉が詰まる。だって、聖くんはそうやって見られることが怖くなって、家の外に出なくなったんだから。
「見に行くって言い方はちょっと……」
 私が言いよどむと、葉純ちゃんはまばたきを数回繰り返した。
「あ、ごめん、なんか言い方が悪いね……」
 葉純ちゃんの言葉にほっとする。よかった、気持ちをわかってくれた。でも……えらそうに言ったけれど、私も確認はしたい。
 2年生の教室にいるのは、聖くんなのか。
 私は、楓くんと目くばせする。楓くんも、確認したいのか小さくうなずいた。
「葉純ちゃん、ちょっとだけ行ってみる……?」
「うん! 楓くんも行こうよ。みんなで行けば怖くない!」
 2年生のフロアに行くのは、けっこう怖い。私たち3人は、おびえながら3階の2年生の教室に向かう。
 そのクラスは、すぐにわかった。廊下と教室をわけるパーティションの窓には、人がむらがっていたから。
 興味本位の視線が、教室内にそそがれている。
 私たちも、人垣のうしろからのぞいてみる。制服のジャケットの下に着ている黒いパーカーのフードで頭をおおっている男の子が、教室の一番後ろの席に座っていた。うつむいて、長い足を投げ出して、制服のズボンに手を入れて。
 顔を見なくても、聖くんだってわかった。
「聖くん……!」
 小さな声でつぶやいたつもりが、聖くんの耳に届いたのか、顔をあげて私を見た。そして、ほっとしたように笑顔を浮かべた。
 聖くんを見に来た女の子たちからは「きゃあ!」「めちゃくちゃかっこいい!」という歓声が上がる。
でも、聖くんの視線を追って私たちにたどり着くと、とたんに生徒たちが静かになった。そして、またざわめく。「どういうこと?」「1年じゃん」「ナマイキ」って。
 多くの人の好奇の視線にさらされて、私たちはおびえる。葉純ちゃんは、私にぎゅっと抱きついてきた。楓くんが、私たちをかばうように前に立ってくれた。
「仁愛ちゃん、どういうこと? あの人、なんでこっち見たのっ!?」
 楓くんのうしろで、葉純ちゃんがたずねる。
「あ、あとで説明する……」
 どう説明するつもり? と自分にといかける……。
 聖くんはその様子を見たのか、またうつむいた。自分のせいで、私たちに注目が集まってしまったって思っているかも。
 今の出来事を見て聖くんが傷ついているんだと思うと……私まで、つらくなった。

 私たちは、逃げるように階段をのぼって4階に向かった。ただでさえ上級生のフロアは怖いのに、あの人だかりから注目を浴びたらびっくりしちゃう。
 それにしても、どうして聖くんは、急に学校に来たんだろう?
 楓くんもぜんぜん知らなかったみたいだし……。
「ねえねえ、仁愛ちゃんはあの先輩とどういう関係なのっ? 楓くんも知っているの?」
 1年生の教室がある4階にあがってきたところで、葉純ちゃんが私と楓くんを見た。
「あーえっと……」
「あの人は、僕の兄なんだ」
 楓くんのほうが口を開いた。
「え、お兄さん!?」
「兄が、ちょっと前に藍原さんを助けたことがあって……」
「そ、そうなの! 道で、転んじゃって……」
 ウソだけど。そう言うしかない。ごめんね葉純ちゃん。
「へーそうなんだ。いいなぁ、イケメンに助けてもらって!」
 葉純ちゃんは、納得してくれたみたい。なんだか、ひみつがあるって疲れるな……私には向いてないよ。

 お昼休み、給食を食べ終えてすぐに葉純ちゃんが近寄ってきた。
「なんだか、すごいことになってるね、聖先輩」
「そうなの?」
 さすがウワサ話好きの葉純ちゃん。情報が早い。
「トイレに行くだけで大騒ぎ、先生に指名されて春はあけぼの~って音読しただけで歓声、だって」
 枕草子の冒頭を読む聖くんか。今まで見たことがないからちょっとおもしろいかも……なんて思ってしまった。
 田舎の学校だし、あんなにカッコいい人を見慣れてないから、気持ちはわかるけど……騒ぎすぎだよね。
 聖くんが疲れてしまう気持ち、わかるよ。
「仁愛ちゃん、髪やらせて」
 葉純ちゃんは慣れた手つきで、私のハーフアップに結っているゴムをほどいた。そして、制服の胸ポケットに入れたクシで私の髪をとかしてくれる。
 ヘアアレンジが得意な葉純ちゃんは、いつもお昼休みに髪の毛を直してくれるんだ。
「あたしさ、今まで見た目がかわいい、かっこいい人にあこがれを持ってたんだ。もっとかわいかったら目立てたのに……って」
「それは、私も思うよ」
 アイドルになりたいわけじゃないけど……でも、みんなにほめられたい、かわいいって言われたいっていう願望は、少しある。
「でも、聖先輩を見ていると……目立たない顔でよかったかも、って思っちゃうよね。なんていうか……人の好奇心を無条件にあびるって、想像以上に大変そう」
「うん、そうだね。そうやって先輩の気持ちに寄り添える葉純ちゃん、すごくすてきだよ」
 頭の上から、「えっ!」という葉純ちゃんの声がふってくる。
「仁愛ちゃんたらほめじょうずなんだから~! じゃ、今日はいちだんとかわいくしちゃおうかな!」
 葉純ちゃん、隠し持っていたカラフルなゴムやシュシュを取り出してくる。ポケットのどこに入れていたのか不思議なくらい何個も出てくる……。
「ダメダメ、校則違反だから、やめて~!」
「えー、ダメかぁ」
 葉純ちゃんは残念そうにしつつ、カラフルなゴムをしまった。そして、手早くクシできれいなハーフアップを作ってくれた。
「はい、できた!」
「ありがとう。葉純ちゃん」
 鏡を見ると、自分でセットしたハーフアップとはまったく違う、ていねいできれいな髪型がうつった。
 こうやって、休み時間に楽しくすごせているって、しあわせだなぁ。
 おだやかなお昼休みをすごしていると……。
「藍原さん、悪いんだけど数学の宿題見せて!」
 クラスの女の子に、また頼まれてしまった。宿題見せて、なんて、人生であきるほど聞いたよ。もう、断りたいって考えるのも、めんどう。
「うん、いいよ」
 机の中から、数学のワークを取り出す。それを、クラスの女の子がひったくるようにうばう。
「ありがと! すぐ返すね!」
 そう言って、待っていたほかの子たちのもとへ行く。机を寄せ合って必死で写し始めた。
 ありがとうって言ってくれているし、受け取り方なんて、どうでもいいけどさ……。
 どうでも、よくないけど。どうでもいいって思わないと、私が傷つく。
「もっとていねいに受け取ればいいのにっ!」
 葉純ちゃんが、私のかわりに怒ってくれる。
「すぐ返すって言ってるし、急いでくれてたんだよ」
 かばうような発言に、葉純ちゃんは「うーん」と納得のいかないような声を発する。
 その声が、葉純ちゃんの声じゃないくらい低く聞こえてきた。違和感っていうか……こんな声だっけ?
 不思議に思っていると、葉純ちゃんは意を決したように空いている椅子に座って、私を見つめた。今まで見たことがない、怒りの表情。
「てかさ……仁愛ちゃんて、あたしの頼みごとは断るじゃん」
「そう、だっけ」
 怒っているからか、いつもより声のトーンが低く聞こえる。
「さっきも、校則違反になるからやめてって、はっきり言ったよね」
 はじめて聞く、葉純ちゃんのとげのある声に、私はとまどう。
 たしかに、さっきは断れた。そういえば、聖くんが学校に来たから見に行こうっていう誘いも最初は断った。
「まさか、あたしにたいしてなら、断ってもいいって思ってる?」
「そういうつもりじゃ……」
 自然と、葉純ちゃんに対しては断ることができていた。なにも考えずに。
「じゃあ、どういうつもり? あんな子たちの肩も持つし。あたしのこと、バカにしているの?」
「そんなつもりはないよ!」
 葉純ちゃんはそれ以上言葉を話さず、うつむいた。私たちのまわりに重苦しい空気がまとわりつく。
 そのとき、廊下のほうがざわっとなる。そのざわめきは、1年2組のほうへと近づいてくる。
 教室の出入り口を見ると――フードをかぶった聖くんが顔を出した。
「楓。ちょっと」
 楓くんに用があったみたい。クラスの子も、廊下にいる子も、男子も女子も、聖くんと楓くんが並んでいるところを見て、色めき立つ。
「阿久津兄弟ハンパない」「すっごいオーラ!」
 そんな声も聞こえてきた。
 聖くんは、楓くんから消しゴムを借りていた。もしかして、消しゴムを理由に楓くんに会いに来たんじゃないかな。ずっと、ひとりでがんばっていたから、会いたくなったのかもね。
 聖くんは私を見ずに教室を去った。きっと、目線を送ろうものなら、私がイヤな思いをするから。聖くんなりの気遣いを感じる。
 背後でぽそりと、声が聞こえる。
「いいよね、仁愛ちゃんは。あんなカッコいい人に助けてもらって。楓くんともいつの間にか仲良しで」
 私は動けなかった。葉純ちゃんの声が聞こえていないフリしかできず、制服のスカートの上で、自分の手を見つめた。
 やっぱり、人の頼みを断ることなんてしなければよかった。
 ろくなことにならないよ。
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