夏空で、君と輝く


 ――風が吹き抜ける屋上に座り、弁当箱を開く。
 髪が顔に絡みつき、流れてきたサンドイッチの香りに胸がざわつく。

 目の端で、元親友 岡江佐知(おかえさち)の笑顔に揺れる。
 心臓の奥がひりつき、息が詰まった。
 お弁当箱の蓋を閉じかけた。
 
 教室に戻ることを考えたけど、高槻くんの声をかけられるからできない。 
 再びお弁当箱の蓋を開いて、イヤホンを装着し、箸で卵焼きを突っついた。

 ――お弁当の中身が半分近くになった頃、足元に黄色いバンダナが飛んできた。
 拾って見上げると、佐知がこっちへ駆け寄ってくる。
 バンダナを拾ったのが私と気づいたのか、彼女はスピードを落とした。

「はい、これ」

 目線を落とし、追い払うようにバンダナを差し出す。
 佐知はゆっくり受け取る。
   
「あ、あの……。拾ってくれてありがとう」

 か細い返事が届く。
 再び箸で白米を突っつくと、離れる足音が届いた。 

 ふっとため息を漏らす。
 だが、その足音は二歩先で止まった。

 「美心。少し話、できるかな」

 見上げた。
 彼女は唇を震わせながら、覚悟を決めたような目を合わせる。
 その光は、消えそうなほど弱々しい。
 
 でも、もう騙されない。
 震えた手で、お弁当箱を袋にしまい込む。

「私たち、あの日から話し合えてないよ」

 私は彼女の言葉を無視し、固く口を結んだまま立ち上がり、重い鉄製扉を引く。

「美心! 待って!」

 悲鳴混じりの声に、足が引き止められた。
 もう一生喋らない、反応しないって決めたのに。
 
「お願い! 話を聞いて。五分。ううん、三分だけでも……」

 扉を掴む手に力が入り、瞳が揺れる。
 
「あたしの言い分も聞いて欲しいの。多分、美心の認識とズレてると思う。誤解、解かなきゃいけないし」

 少し顔を傾けた。
 認識がズレているように見え、心の傷が増える。
 
 いまさらどんな話があるって言うの?
 それに私、そこまで心広くない。

「誤解……? でも、あの時のこと、どう説明するの?」
「だから、あれは……」

 言い訳なんて、聞きたくない。
 人の感情なんて目に見えない。
  
「佐知ってさ、人を傷つけるの得意なんだね。もう二度と、話したくない」

 喉の奥から絞り出した声で呟いた。
 信じた自分が、バカだった。

 
 階段を駆け下りた。
 足音は不規則に乱れ、小さな息が悲鳴のように漏れていく。

 逃げることしか考えられず、震えは止まらない。 
 
「はぁっ……はぁっ……」

 音楽室に入り、引き戸を閉め、壁に背中を当てた。
 乱れた呼吸だけが室内に響く。
 ここが、一番落ち着けられる場所。
 
 佐知といまさら話す価値なんてない。
 信じていたから、秘密を明かしたのに。

  
 ――あれから、五年。
 どんな面を下げて、話しかけてきたの。
 私がどれだけ思い詰めたか、佐知にはわからない。

 目線を落とし、スマホ画像を見た。

「ふぅ……」
 
 こんな日は、いつも相談していた。
 答えが出ないことが、わかっていても。

 両手でスマホを胸に抱きしめて涙を堪える。
 
 もう、どこにいるのかさえわからない。
 ただ隣にいてくれればいい。
 
 しゃべらなくてもいい。
 親友の瞳は、私の心に光を与えてくれるから。

 夢でもいい。少しだけでいいから。
 ――また会いたい。

 遠い目で眺めていると、時計の秒針の音が耳に届く。
 その音がこだましていき、胸の奥で鋭く響き、止まらない心拍と混ざり合う。
 
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