義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
 世間がクリスマスで賑わい始めた頃──
 それとは逆行するように、姉さんが宝堂の姓を改めると、父さんに話しているところを聞いてしまった。
 きっと、姉さんは近いうちに家を出る。
 そんな予感がしてから数日後──俺のスマホの画面に映る地図から、赤い点が動いた。
 いつもより少し、動きが早い気がする。

 予感が当たった気がして、俺は軽くまとめておいた荷物を持って家を飛び出した。
 案の定、姉さんは家の外にいた。スーツケースを引いて、背を向けている。
 振り返ろうとしない。どんどん離れていく姿を見て、俺は胸が苦しくなって、叫んだ。

「姉さん、待って!」

 姉さんは、止まってくれた。止まって、振り向いてくれた。
 その顔はもう何かを諦めたような、そんな顔だった。
「何も言わずに出ていくなんてひどい」って言ったら、姉さんは「うん」って否定もせずにうなずいた。
 うそだよ。ひどいのは、ずっとうそをついてる俺の方。
 俺は後ろ手に、スマホをぎゅっと握りしめた。
 
「ごめんね、律。私は独りで生きていく」
「俺も行く」
「だめよ。早く義姉(あね)離れしなさいって言ってるでしょう?」
「そんなの……カンケイない……っ」

 その瞬間、姉さんを抱きしめていた。
 出会ったときと同じ、春の匂いがした。

「……離して」

 離したくない。
 でも、嫌われるのがこわくて、素直に腕の力を解く。
 
 すると、姉さんがそっと俺の頬に触れた。
 それだけでも驚いたのに、目を見開いている間に──
 姉さんの柔らかい唇が、俺の唇に、触れた。
 やさしく、短く、きっと数秒にも満たない時間が、永遠に感じられた。
 けれど、姉さんは数歩離れたかと思うと、片手で乱暴に口を拭った。
 
「……借り、返すね」

 俺は目を見開いたまま、呼吸も忘れていた。

「さよなら、律」

 その言葉で、俺はようやく現実に引き戻される。
 姉さんは背を向けて、スーツケースを引いて歩いていく。
 引き止める。泣きそうだった。
 
「私が愛してるのは、彰人さんだけよ」

 知ってる。だって、姉さんの薬指には、まだ結婚指輪がついている。
 兄さんの代わりでもいいと、情けなく懇願した。
 でも情けなくたっていい。
 表に出る仕事も、名前も、居場所も、全部置いていく。
 それでも、姉さんの隣に立てるなら、それでよかった。
 
「……ついてきてもいい」

 半ば諦めたように、姉さんはそう言った。
 けれど喜んだのも束の間、姉さんは、俺を絶望へ叩き落とす。
 
「でも、律が私に触れたら、私は死ぬわ」

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