義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
 軽井沢さんは、腕を組んで考え込んでしまう。
 そのうち注文した料理が運ばれてきた。
 食べている間も、軽井沢さんは「うーん」とか、「でもなぁ……」とか、独り言のように言っている。
 私は、軽井沢さんのさっきの言葉が気になって、そればかり考えてしまう。
 だって、律をそんな風に意識したことなんて……なかった。
 いつまでもかわいい義弟で、ちょっといたずらが過ぎるだけで……。

『俺は、いつまで義弟でいればいい?』

 あの時の、律の言葉が脳裏をよぎって、かぶりを振る。
 あれは、あの言葉の意味は、やっぱりそうなのだろうか。
 
(……考えすぎよね)

 きっと、律のいつものいたずらだ。からかわれただけ。

 そう自問しながらも、食事はいつのまにか終わりに近づいていた。
 お皿の上に残った最後のひと口を運び、私はようやく軽井沢さんと視線を交わす。
 彼はナプキンで口を拭いながら、何かを思いついたように声を弾ませた。

「これ、保科くんにも見てもらおうか?」
「なぜ保科さんに?」
「いやぁ、彼なら喜んで協力してくれると思って」

 軽井沢さんは、誤魔化すように頭の後ろをかく。彼はおそらく、保科さんの気持ちを知っている。
 先日の、保科さんとの食事を思い出す。
 結婚指輪をしていた左手に、手を重ねられた。
 あれは多分──()()()()()()だ。

「いえ……今はまだ、二人だけの秘密にしておきたいんです」

 自分や律に気持ちが向いている人には、まだ相談できない。
 しない方がいいだろう。
 もっと客観的に見てくれる人の意見がほしかった。
 だから、軽井沢さんの帰還は、正直ありがたかった。
 しかし、当の彼はというと……。

「……ふたりだけの、か。いいね、それ」

 冗談まじりに笑う。
 本当に、こういうところは昔から変わっていない。

「……先生、冗談やめてください」
「ごめんごめん」

 軽く謝りながらも、口元には笑みが残っていた。
 やっぱり、本気なのか冗談なのか、つかみどころがない人だ。

「菜月ちゃん、これ、しばらく借りていいかな?」
「いいですけど……絶対にまだ誰にも見せないでくださいね? お父様にだって秘密です」
「本当は警察に調べてもらった方がいいんだろうけど……」
「だめです」
「だよなぁ」

 律の名前が書いてある以上、律が疑われてしまう。
 万が一、宝堂の人間が事件に関係があると報じられれば、世間の格好の的となってしまう。宝堂グループの信頼は揺らぎ、そうなれば経済そのものに影響が及ぶかもしれない。
 それだけは避けなければならなかった。

 軽井沢さんの鞄に日記が仕舞われるのを見ながら、私はこれからのことに一抹の不安を抱いていた。

 
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