義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
「でも、そっか。姉さんは日記を見て、兄さんの他殺を疑ったんだ? 俺が犯人かも、って?」
「そうじゃ……ないの……?」
 
 律は一歩離れて、ただ、寂しそうに首を横に振った。
 肯定とも否定とも取れる。けれど、直感的にわかった。
 律は、事件に関与していない。
 ようやく私は息が出来る感覚が戻ってくる。

「律は犯人じゃないのね? やっぱり事故だったのね?」
 
 そうだ、今はそこを喜ばなければ。
 律を疑っていた自分を反省して、少しだけほっとした。
 けれど、じゃああの昨夜の電話は──
 
 『兄さんの話はするな──反吐が出る』

 あれは一体、なんだったの……?
 聞こえたのも断片的だったから、勘違いだったと思いたい。
 律に訊こうかどうか迷っていると、いつの間にか、真剣な目を向けられていた。
 
「姉さん……」

 その変化に、再びひやりとする。
 
「姉さんのカンは、案外当たってるかもしれないよ……」
 
 その一言に、空気がぴんと張り詰められたように感じられた。
 
「……どういうこと?」
「俺も、兄さんの死は事故じゃない気がしてたんだ」
「え……?」

 言葉を失った。
 律は視線を逸らさず、落ち着いた声で続ける。
 
「だって、変じゃない? なんで兄さんは、非常階段なんかにいたの?」
「それは……」

 わからない。返す言葉が見つからなかった。
 あの日、警察が来て現場を調べ、彰人さんの所持品を持ち帰っていった。
 数日後に返されたものは、社員証、スマホ、財布──中身もきちんと入っていた。
 衣類に乱れもなかったことから、争った形跡もないと説明された。

 わざわざ非常階段からビルを出ようとした理由……。
 それがわかれば。
 
「防犯カメラ、見れないかな?」

 ぼそり、と律がつぶやいた。

「でも、すでに警察がチェックしてるんじゃ……」
「警察にわからなくて、俺たちに気付けることがあるかもしれない。行こう、姉さん!」

 律が私の手首に触れた瞬間、体がぎゅっと固まる。
 心臓が嫌な音を立てて、手のひらが汗ばむ。
 怖い。怖いのに、律の真剣な目を見上げると、胸が締め付けられる。
 あの電話のこと、日記のこと、彰人さんのこと……思いが次々に押し寄せ、頭の中がぐちゃぐちゃになり──。
 気づけば、私は思わず手を振り払っていた。
 パシッと、部屋に乾いた音が響く。

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