義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
***
宝堂グループ本社ビルの社長室。
ソファに腰をかけて向かい合っているのは、宝堂龍樹と御影昌志だった。
龍樹は、御影が苦手だった。脚を組んだまま微笑を浮かべ、その笑みは柔らかい。しかし、どうしても龍樹には御影が棘を含んでいるように見えるのだ。今日の空気は、いつにも増して重い。
「法務に関しては私が彰人くんの後を継ぐとして……宝堂の後継はどうなされるおつもりで?」
御影の問いは雑談の延長を装っていたが、その目は核心に踏み込ように鋭く光っていた。
「いや……まだとても、そこまでは」
龍樹は苦笑いでごまかすしかなかった。
四十九日を過ぎても、まだ息子の死を引きずっている。
それに現実問題、能力的に彰人の代わりになる者がいなかった。
企業内弁護士は仕方なく御影に任せるとしても、グループのトップとなると、また話は別だ。
黙っていると、御影が小さくため息をついた。それは、失笑のようにも聞こえた。
「もう四十九日も過ぎているというのに、随分とゆっくりですな。書類関係のこともありますし、なるべく話を進めておいた方がいいのでは?」
「そうですね……頭では、わかっているんです」
本心を言えば、龍樹は軽井沢に企業内を任せたかった。しかし、軽井沢は国際案件に手慣れており、基本は海外を任せている。他に彰人ほど仕事を任せられる者は、現時点では御影しかいないのだ。
「ちなみに、菜月さんと律くん、どちらに継がせようと思ってるんです?」
そこまで突っ込まれた質問をされると思ってなかった龍樹は、目を瞬く。
嘘はつけない。かといって、深入りもされたくない。
「いや、さすがに二人は彰人ほどグループのことを理解しておりません。律は経営に興味がなく、全く関係のない職ですし……。強いていうなら、グループのことをよく理解している人物と、菜月を結婚させるかですかね……」
「ほう……」
当たり障りのない回答をすると、御影は薄く笑い、なにかを考える風に顎に手をやった。
「しかし、彰人を亡くしたばかりで菜月もまだ……。それに、菜月には自由に生きてほしいんです」
湯呑みの茶に反射する、自分の顔を見つめる。
菜月には申し訳ないことをした。彰人と結ばれやっと幸せになってくれると思っていたのに。
自分は父親の代わりになれただろうか。
そんなことばかり考えてしまう。
「それは、罪滅ぼしのつもりで?」
「は……? それは、どういう……」
虚をつかれた質問に、龍樹は顔を上げる。
「たしか、菜月さんはご両親を亡くされて養女になったとか」
その言葉に、龍樹の眉がぴくりと動く。
「なにが言いたいんです?」
先ほどまでとは変わって、声が低くなる。
御影は表情を変えず、ただ指先で肘掛けをとん、と叩いた。
「いやなに。ちょっと小耳に挟みましてね。二十年前の、事故のことを──」
空気が変わった。
龍樹の胸の奥に、忘れたはずの影が、不意に息を吹き返す。
宝堂グループ本社ビルの社長室。
ソファに腰をかけて向かい合っているのは、宝堂龍樹と御影昌志だった。
龍樹は、御影が苦手だった。脚を組んだまま微笑を浮かべ、その笑みは柔らかい。しかし、どうしても龍樹には御影が棘を含んでいるように見えるのだ。今日の空気は、いつにも増して重い。
「法務に関しては私が彰人くんの後を継ぐとして……宝堂の後継はどうなされるおつもりで?」
御影の問いは雑談の延長を装っていたが、その目は核心に踏み込ように鋭く光っていた。
「いや……まだとても、そこまでは」
龍樹は苦笑いでごまかすしかなかった。
四十九日を過ぎても、まだ息子の死を引きずっている。
それに現実問題、能力的に彰人の代わりになる者がいなかった。
企業内弁護士は仕方なく御影に任せるとしても、グループのトップとなると、また話は別だ。
黙っていると、御影が小さくため息をついた。それは、失笑のようにも聞こえた。
「もう四十九日も過ぎているというのに、随分とゆっくりですな。書類関係のこともありますし、なるべく話を進めておいた方がいいのでは?」
「そうですね……頭では、わかっているんです」
本心を言えば、龍樹は軽井沢に企業内を任せたかった。しかし、軽井沢は国際案件に手慣れており、基本は海外を任せている。他に彰人ほど仕事を任せられる者は、現時点では御影しかいないのだ。
「ちなみに、菜月さんと律くん、どちらに継がせようと思ってるんです?」
そこまで突っ込まれた質問をされると思ってなかった龍樹は、目を瞬く。
嘘はつけない。かといって、深入りもされたくない。
「いや、さすがに二人は彰人ほどグループのことを理解しておりません。律は経営に興味がなく、全く関係のない職ですし……。強いていうなら、グループのことをよく理解している人物と、菜月を結婚させるかですかね……」
「ほう……」
当たり障りのない回答をすると、御影は薄く笑い、なにかを考える風に顎に手をやった。
「しかし、彰人を亡くしたばかりで菜月もまだ……。それに、菜月には自由に生きてほしいんです」
湯呑みの茶に反射する、自分の顔を見つめる。
菜月には申し訳ないことをした。彰人と結ばれやっと幸せになってくれると思っていたのに。
自分は父親の代わりになれただろうか。
そんなことばかり考えてしまう。
「それは、罪滅ぼしのつもりで?」
「は……? それは、どういう……」
虚をつかれた質問に、龍樹は顔を上げる。
「たしか、菜月さんはご両親を亡くされて養女になったとか」
その言葉に、龍樹の眉がぴくりと動く。
「なにが言いたいんです?」
先ほどまでとは変わって、声が低くなる。
御影は表情を変えず、ただ指先で肘掛けをとん、と叩いた。
「いやなに。ちょっと小耳に挟みましてね。二十年前の、事故のことを──」
空気が変わった。
龍樹の胸の奥に、忘れたはずの影が、不意に息を吹き返す。