義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
 ***

 
 依頼人との打ち合わせを終えて、私と軽井沢さんは宝堂ビル最上階の社長室へ向かった。
 ドアをノックし中へ入ると、先客がいた。

「おや、軽井沢先生と菜月くんじゃないか。どうしたんだ?」
「御影先生……」

 軽井沢さんの眉が、一瞬動いた気がした。
 
「お父……社長に、お話がありまして」

 御影先生の前では、話しづらい。
 その空気を感じ取ったのか、御影先生は軽く笑って立ち上がった。
 
「ああ、いいよ。私の用は済んだからね。では、宝堂社長……いいお返事をお待ちしております」

 そう告げると、振り返ることもなく部屋を後にした。
 御影先生が出ていく時に、軽井沢さんが御影先生を睨んだ気がした。
 やはり、派閥問題は深刻なのだろうか。
 
「龍樹、御影先生の話ってのは……」
「ああ、彰人の後任だ。自分がなると言っている」

 養父は、やれやれと言った感じで首と肩を回す。
 あの御影先生を相手にすると、養父ほどの人でも消耗するらしい。

(──また、後継の話……)
 
 何度も何度も、彰人さんの死を引きずり出されて、並べられて。
 怒りより先に、言いようのない疲労が込み上げてくる。
 
「ところで、電話じゃできない話とはなんだ」

 養父は、秘書にお茶を片付けさせて、こちらを向いた。
 私たちもソファに座ると、新しいお茶が並べられた。
 
「お父様。防犯カメラを見せてもらいたいんです」
「防犯カメラ?」
「彰人さんが、亡くなった日のものです」

 私が言うと、養父はわかりやすくため息をついた。
 
「菜月、なにを考えている? 彰人は事故だった。そうだろう? 探偵ごっこなら余所でやりなさい」
「探偵ごっこじゃありません!」
 
 思わず声が強くなってしまう。
 その時、扉がノックされた。
 返事も待たずに入ってきたのは、律だった。
 
「父さんこそ、世間体を気にしているんじゃないの?」
「律! どうしてここに?」

 動揺のあまり立ち上がる。
 昨日のこともあり、少し気まずくて目を合わせるのが怖い。
 でも、律はいつも通りだった。

「多分、姉さんと同じ理由だよ」

 律は迷いなく養父と軽井沢さんの間に歩み出る。
〝世間体〟という言葉が気に障ったのか、養父の表情がぴりついた。
 
「なんだと、律?」
「まあまあまあ、落ち着いて」
 
 軽井沢さんが宥めに入る。
 養父は、私たち三人を見くらべるようにしてから、軽井沢さんへ話を振った。
 
「なんだなんだ、三人でよってたかって。俊、おまえの見解はどうなんだ?」
「減るものじゃなければ、何度見たってかまわないと思うけどね」
 
 軽井沢さんは肩をすくめて、苦笑した。
 
「まったく……」
 
 そう言って、養父は机の引き出しから一枚の紙を取り出した。
 その上にペンを滑らせる。サインと判子だ。
 防犯カメラ閲覧の許可証だった。
 
「今日中だ。今日中になにも見つからなければ、諦めろ」
「ありがとう、お父様」
 
 社長室を出ようとすると、養父が軽井沢さんだけを呼び止めた。

「待て、俊。おまえはここに残ってくれ」

 軽井沢さんの視点も欲しいところだったけれど、お父様の表情があまりにも真剣だ。
 きっと込み入った話なのだろう。私は諦めて、律と共に管理室へ向かう。
 
「──話がある」

 扉を閉める前に、養父の真剣な声が背中に届いた。
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