義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
 家に帰り、律と部屋の前で別れた。
 なんとなく律の顔にも疲労が見えていたから、黙って背中を見送った。
 ベッドに大の字になって仰向けになり、思考に耽る。
 
「……仕事の電話、だったのよね」
 
 彰人さんは仕事用スマホで着信を受けて、法律事務所から出て、非常階段に行って──そのまま……。
 非常階段に向かった理由が、まだわからない。
 御影法律事務所はビルの八階にある。いつもはエレベーターを使うのに。エレベーターの点検や故障も聞いていない。健康志向で階段を使っている素振りも見たことがない。
 あの日、あの時だけ……。思考が空回りする。
 
「スマホ…………スマホか……」

 それが鍵になる気がして、思わずつぶやく。
 
「そういえば……」

 起き上がって、机の引き出しを開ける。
 遺留品である、彰人さんのシルバーのスマホ。
 もう解約しているけれど、初期化はされていない。
 電源を入れると、ロック画面が現れる。
 
(パスワードは……)

 彰人さんの誕生日。
 違う。
 私の誕生日。
 違う。
 じゃあ──結婚記念日?
 四桁の数字を入力すると、制限がかかってしまった。

「……どれも違う?」

 どうして……? 彰人さんのことだから、この三つのどれかだと思っていたのに。
 家族の誰かの誕生日……? その後、制限が解除されてから養父、律、内村さん、亡くなった玲奈さん、全ての誕生日を入力してみたけれど、ダメだった。
 
(もしかしたら誕生日じゃないのかも……)

 制限と解除を繰り返し、車のナンバー、法律事務所の電話番号下四桁、いろいろな番号を入力してみたけれど、全部違う。

「ああ、もう!」

 これ以上間違えると数時間待たなければならなくなる。
 スマホをベッドの上に放り、もう一度ベッドに身体を沈めた。

「彰人さん……なにかヒントはないの……?」

 幽霊になって現れてくれたらいいのに、なんて。
 手を伸ばして、空をつかむ。
 でも、もしそばにいても彰人さんの言葉は聞こえなかったりして。
 亡き夫の面影を思い出して、くすりと笑う。

(……彰人さんの、言葉?)

 ガバッと起き上がる。
 今度は引き出しから彰人さんの日記を取り出した。
 ここには、彰人さんの言葉が綴られている。
 ヒントがあるとしたら、もう、これしかない。

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