義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
 律は、表情も声も穏やかだった。
 けれど、どこか焦点が合っていない。感情が抜け落ちたような、そんな顔をしている。
 
「ああ、軽井沢さんと出口さんも来てくれたんだ。ちょうどいいや。この女、兄さんを殺した犯人だよ。排除しちゃってよ。出口さん、警察官でしょ?」

 軽い口調で、律は笑った。
 ほんの僅かに口角を上げただけの、作り物のような笑みだった。
 それを聞いた彼女は、椅子をガタッと揺らし抵抗しようとする。

「犯人を捕まえてくれたことには感謝するが……やりすぎだ」

 出口さんは、田口茉莉乃の前に立ち、ガムテープだけを剥がす。
 途端、彼女は大きく息を吐き、こちらを鋭く睨む。
 
「なによこれ! 警察が来るなんて聞いてないわよ!」

 甲高い声が部屋中に響く。電話で聞いた、あの声だ。
 
「俺が呼んだんだよ。観念しなよ」

 律は、彼女を見下すように視線を落とす。
 その目には、もはや親子の情は微塵もないように思えた。
 
「まっ……待ってよ、律。アタシたち、たった二人の親子じゃない」

 さっきまでの強気な態度とは打って変わって、縋るように言葉が震えている。
 
「俺は、一度もあんたを母親だと思ったことはない」
「殺すつもりなんて、なかったのよ……。ちょっと言い合いになって、それで……」

 言い訳めいた言葉が、次々とこぼれ落ちる。
 この状況では嘘も通用しないと悟ったのか、あっさりと自白した。
 それでも、殺意があったことは否定するらしい。
 
「捜査結果では、争いあった形跡もないとされている。それに、直前までの通話内容はすべてクラウドに保存されていた。……おそらく、常に身の危険を感じていたんだろうな」

 出口さんが、淡々と告げる。
 
「録音されていた会話には、犯人から彰人くんへの細かい指示があった。御影法律事務所のあるフロアから、普通に非常口に出ろ、とな……。それに、通話履歴から判明した架空の企業名。個人を特定しないためのフェイクだ。ここまで用意周到だと、計画殺人と言わざるを得ない。減刑は無理だろうな」

 やれやれ、と軽井沢さんは小さく肩をすくめた。
 二人の言葉を聞いた途端、田口茉莉乃の顔がスッと青ざめる。
 
「でも、警察はどうしてこの録音を見逃したんでしょうか? 回収して、調べたんですよね?」
 
 私は、出口さんに視線を向ける。

「詳しいところまでは把握していないが……。事件性が低いと判断された場合、そこまで深掘りはしない。それと、回収された端末は一台だけだ」
「……えっ?」
 
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