義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
 田口茉莉乃だった。彼女はすでにロープを解かれ、手錠をかけられている。
 そんな状態で、御影先生に詰め寄っていった。

「言うことを聞けばヨリ戻してくれるって……! 律を認知してくれるって言ったじゃない!」
「な、何を言っている……!?」
 
 御影先生は、彼女を突き飛ばした。
 倒れそうになったところを出口さんが受け止め、それでもなお飛びかかろうとする彼女を制している。
 
「あんたが! 指示通りにやればって言ったんでしょうが! しらばっくれてもだめよ。あの時の会話は、ちゃんと録音してあるんだからね……!」
「このアマ……!!」
 
 ギリっと奥歯を噛み締める音が聞こえた。
 手を振り上げようとしたところを、出口さんが振り払った。

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ! ヨリを……戻す……!?」

 立ち上がった養父が目を見開く。

「それに……指示通りにやれば、って……」
「まさか……」

 律の、本当の父親で……彰人さんを死に追いやった黒幕が……。
 周囲がざわめいた。みんなは御影先生を見ていたけれど、私は律に視線を向ける。
 律は声も上げず、ただ一瞬だけ視線を伏せた。
 御影先生に視線を戻すと、いつもの紳士な表情が崩れていた。
 
「御影先生……! どうして……!!」
「どうして? 決まっているだろう。俺はずっと宝堂グループを狙っていた」

 いつもと違う、荒れた言葉。
 押し殺した怒りが、奥底から泡立つように漏れ始める。

「……ずっとだ。ずっと俺が整えてやってきたんだ。何十年も、誰にも気づかれないように。全部、全部俺が……」

 言葉が途中で途切れた。
 皆の視線が、御影先生に集まる。
 張りつめた空気を叩き割るように、声が爆ぜた。

「律!!」

 名指しされた律が、はっと顔を上げる。

「おまえが! さっさとこの娘と結婚していれば!! こんな遠回りする必要は! なかったんだよ!!」

 部屋がびりびりと響いた。
 目は血走り頬は引きつり、理性の色はどこにもなかった。

「……御影さん」

 出口さんは手錠を取り出し、御影先生に近づく。
 叫ぶだけ叫んで観念したのか、抵抗はしなかった。

 ──その時、そばで低くしぼり出すような声がした。
 
「……やっぱり排除しておくべきだった」

< 86 / 106 >

この作品をシェア

pagetop