義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】

21・終わりの始まり(菜月視点最終話)

 目を覚ました時、白い天井が揺れて見えた。
 脇腹が痛い。体が重い。微かに「ピッピッ」という音がする。
 視線を少し横に向けると、点滴が一定のリズムを刻んで落ちている。

(病院……?)

 あれからどうなったんだろう? ナイフが刺さって、律が、泣いてて。
 意識が沈んで、そこから覚えていない。
 どれくらいの時間が経ったのかも、わからない。
 首を巡らせるが、時間がわかるものもない。

 扉が開いた音がして、そちらへ視線を向けると軽井沢さんが入ってきて目を大きく見開いた。
 
「菜月ちゃん……!」

 ベッドに近寄ってきて、わずかに動く手を握ってくれた。
 
「良かった……。俺がわかるか?」
 
 ほっとした柔らかな笑顔に、私も安心して小さく頷く。
 
「……律は……お父様は……?」
 
 軽井沢さんは、少し言いづらそうに眉を下げた。

「龍樹は……マスコミに色々嗅ぎつけられて対応してる。ああ、安心して。御影先生と茉莉乃さんは逮捕された」

 安心……。安心なんて、どこにあるのだろう。

「律くんは……」

 軽井沢さんは、いいよどむ。
 あの時の光景が、途切れた記憶の隙間からよみがえる。
 
「君を刺したことを、悔やんでて……。ここには来ない」
「……そう、ですか……」
 
 傷口と、胸の奥がぎゅっと痛んだ。
 私は生きているのに。
 律は、自分を責めている。
 
「結構、危なかったんだよ。……輸血もしてね」
「輸血……」
 
 ぼんやりと腕に視線を落とす。いくつもの白いテープで留められた箇所が、痛々しい。
 
「私……どのくらい意識を失ってたんですか?」
「三日くらい、かな」
「三日も!?」

 その間に、律や養父はどんな思いをして過ごしたのだろう。
 私だけ倒れているわけにはいかないと身を起こそうとするが、上半身を起こしただけでふらりと目が回った。

「まだ安静だよ。輸血したとはいえ、貧血状態だ」
「でも……!」
「気持ちはわかるよ。でも、今は自分の身体を第一に考えること。退院したら、ちゃんと説明してあげるから」

 軽井沢さんの言葉に、少しずつ気持ちを落ち着ける。
 
「じゃあ、俺は行くけど……。着替えとかは内村さんに頼んであるから」
「ありがとうございます……」

 立ち去ろうとする背中を見送ろうとして、けれど、そのまま黙っていられなかった。
 
「軽井沢さん」

 呼び止めると、軽井沢さんは足を止めて、こちらを振り返る。

「私が目を覚ましたこと、律に伝えてください」

 本当は、もっと言いたいことがあった気がする。でも、それ以上は言葉にできなかった。
 軽井沢さんは何も問い返さず、ただ一度頷いて、病室を出て行った。


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