愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う
第27話
『相手にされてる?』『いいえ、相手にされていません』
なんて答える筈もなく。でもまるっきり嘘をつくのに抵抗があったのか、私は何とも間抜けな返答をしてしまった。
「間に合ってます」
「『間に合ってます』……か。まぁ、いいや」
フリオはそう言ってニヤニヤする。私はますます居心地が悪くなり、思わず席を立とうとした所で、ボーイが飲み物を運んで来た。
「ほらほら飲み物が来たよ。座って、座って。はい」
半分立ち上がりかけた私の腕を掴んだフリオは、再度腰掛けるように促すと、無理やり私の手にグラスを押し付けて、握らせた。
仕方ない……。私は諦めてストンとまた腰掛けると、レモン水をちびりと一口飲んだ。
「て、ことはデビィには旦那さんがいるんだね」
その言い回しが気になって私は聞き返していた。
「既婚者の方だけではないの?」
「違うよ。旦那さんに先立たれた未亡人とか……姉妹が多くて自分に縁談が回ってこなかったご令嬢もいる。皆、それぞれに何かを抱えてるんだ。言っとくけど、俺等は体を売ってるわけじゃない。それはあくまでオプション。基本はこうして話を聞いたり、愚痴を聞いたり……それが俺等の仕事」
「じゃあそこで気が合えば……?」
フリオが吹き抜けになった先にある円形になった二階に目をやる。私もその視線を目の先で追った。
廊下には豪華な装飾の扉が並んでいて、丁度そこにアリシア様と、先ほどケインと呼ばれていた男性がその扉の一つを開けて、部屋へと入っていく所が見えた。
「アリッ── !」
思わず大きな声を出しそうになる私の口をフリオの大きな手のひらが覆った。
「おいおいおい、邪魔しちゃダメじゃないか」
「で、でも……」
目の前での不貞を見逃すのは、流石に気まずい。次からどんな顔でクラッド様に会えばいいの?っていうか、レニー様がこれを知ったら……?彼の想い人がこんなことをしてるとは、流石に思いもよらないだろうけど。
「まぁ、ここに何も知らずに来たみたいだし、驚くのは無理もない。ちなみに、あそこに入るのは別料金。ここでこうして飲み物飲んで喋るだけなら、入場料以外はとらないよ。安心した?」
領民からの貴重な納税をこんな所に使いたくないと思っていた私は、それを聞いて少しだけホッとした。──が。
「入場料をとるの?」
「当たり前だろう?俺達の時間をお買い上げいただいているんだ。ちなみに三時間以上はまた別料金」
「は?さっきお喋りだけならそれ以上のお金は掛からないって……」
「説明し忘れただけだ」
詐欺みたいな話だが、フリオは正直に話してくれた。そこだけは感謝しよう。まだここに来て三十分も経たないし。
「じゃあアリー様が随分とここでお金を使ってるっていうのは……」
「ああやって、男の時間を体ごと買ってるからだ。最近は少し顔を見せてなかったみたいだけどな」
そういえば、あのケインって男性もそう言っていたような。
でも何故アリシア様が?クラッド様がお忙しいから?
「不満そうだな」
そう言いながら、フリオが私の顔に手を伸ばす。
「な、何?」
私は思わずその手を避けた。
「眉間に皺が寄ってる。そんな顔をさせるなんて、俺はヒーラー失格だな」
「べ、別に貴方のせいじゃないわ。でも……」
「お友達のそんな所を見たくなかった?」
友達ではないけれど……。でも、どうしてアリシア様はこんな所へ私を招待したのかしら?その理由が分からなくて、私は困惑していた。
無言になった私の様子に、フリオはそれを肯定と受け取ったようだった。
「まぁ、そんなに難しく考えるなよ。ここでの事はここだけの秘密。旦那さんへの不満をここでスッキリ解消して、それで夫婦円満になるなら、それで良いじゃん」
「……そんなものなのかしら……夫婦って」
私とレニー様だって形式上は夫婦だが、中身は?と問われれば上手く答えられない。
しかし、最初は高圧的で威張った脳筋だと思ったレニー様だったが、最近は変に真面目で剣の事とアリシア様のことしか考えていない単細胞だと分かってきた。お互い干渉しなけりゃ、上手くやっていけるだろう。私はそれを寂しく思うこともない。
だが……世間一般では違うのかもしれない。たとえ政略結婚であっても、夫婦としての触れ合いがないのは寂しいことなのだろう。
「さぁな。俺は結婚したこともないし。まぁ、色々と事情があるんだろうな……とは話してて感じるよ」
そう言ってフリオはグラスの酒を飲み干した。
「……っと、空になっちまった」
フリオは背を向けていたボーイに声をかけた。
彼がいくら飲んだところで料金が嵩むわけではないと聞いて安心した。
そのボーイが振り向いて私達に近づく。私は彼の姿を見てつい言葉を漏らした。
「ブルー……ノ?」
銀色の髪に紫色の瞳、高い鼻に少し薄めの唇。
そこに立っているのは、もう二度と会えないと思っていたブルーノそのもののように見えた。……いや、違うことは分かっている。
私は彼の棺に縋り付いて泣いたことを覚えている。そこに眠る彼の顔が病気のせいで痩せこけてしまっていたことも。
「おい……大丈夫か?」
フリオが私の頬を指で拭う。いつの間にか私は涙を一粒流していたようだ。ブルーノの葬儀を思い出してしまった……こんな場所で泣くなんて。
「あ……ごめんなさい。大丈夫よ」
すると目の前にスッと白いハンカチが差し出された。
「お使いください」
ブルーノより、少し高い声。よく見るとブルーノより少し目が大きい。それに背もブルーノより低いみたいだ。
「ありがとう……」
私はそのハンカチを受け取ると、そっと頬の涙を押さえた。
つい、ハンカチを差し出してくれた人物の顔を見入ってしまう。見れば見るほど似ているが、ブルーノとは別人であることが理解できた。
フリオが飲み物を注文すると、彼は小さく頭を下げて、去っていった。
私は自分の手にハンカチが残されていることに気づく。返さなくては……そう思うが、このまま返すのは申し訳ない。洗って返そう……私は自分の手元のクラッチバッグにそのハンカチをそっと仕舞った。
別にここにもう一度来る為の言い訳ではない……そう自分に言い聞かせながら。
「どうしたんだ?」
彼が去ってから、フリオは不思議そうに私に尋ねた。
「知り合いに似ていて……少し驚いたの」
「知り合いか。同一人物ではなく?」
「ええ……。その知り合いはもうこの世にいないから」
私の答えにフリオは少し気まずそうに俯いた。
「ごめん……」
「貴方が謝る必要はないわ」
「だけど……それなら驚くのも無理はないな」
そんな話をしていると、先ほどの彼が飲み物を持って現れた。
冷静になって、もう一度彼を見る。グラスをテーブルに置く指も、爪の形もブルーノとは違う。この世には似た人物が三人居るというが、この人はその内の一人なのだろう。
「お前、名前何だっけ?」
フリオがふいに名を尋ねる。
「え……?俺の名前ですか?レオです」
盆を抱え直しながら答えた顔には戸惑いが見えた。
「あぁ、そうだったな。こいつはまだ入りたてなんだ」
フリオがそう言ってレオに指をさす。レオは紹介されたと思い、私に向かってペコリと頭を下げた。── その時。
「あっ……と。不味いな」
とフリオが顔を顰めた。
彼の視線は、たった今ホールに入って来た緑色のマスクの少しふくよかな女性に注がれている。
するとその女性は辺りを見回しながら、大きな声で言った。
「フリオ!フリオはどこなの?」
私は自分の隣に居たフリオを見た。彼は何とも言えない表情だ。
「ごめん、ちょっと席を外すよ。おい、レオ。お前がこのご婦人のお相手をしててくれ」
フリオはまだ私達のテーブルの側に居たレオに声をかけた。
「え?俺が……ですか?」
「そうだ。ボーイだってここで働く男にはかわりないからな」
フリオはそう言って腰を上げた。
「ごめん。あの御婦人は俺のお得意さんだ。本来ならこうして既に席に着いている男を指名するのはご法度だが、彼女は気難しくてね。君に迷惑が掛かる前に俺は行くよ」
そう言ってフリオは私にウィンクしてみせた。
フリオが急いでその御婦人の元へと大股で近づいていくのを私はボーッと見守った。彼らも大変なんだ……そう思いながら。
すると、私から人二人分程を空けてレオが控えめな様子で腰掛けた。
「あの……俺では力不足かもしれませんが……」
レオの小さな声が聞こえた。緊張しているのが分かる。
「別に無理してここに居なくても良いのよ?私は適当に一人で飲んでおくから……ってレモン水だけど」
私の言葉にレオは少しだけ頬を緩めた。
なんて答える筈もなく。でもまるっきり嘘をつくのに抵抗があったのか、私は何とも間抜けな返答をしてしまった。
「間に合ってます」
「『間に合ってます』……か。まぁ、いいや」
フリオはそう言ってニヤニヤする。私はますます居心地が悪くなり、思わず席を立とうとした所で、ボーイが飲み物を運んで来た。
「ほらほら飲み物が来たよ。座って、座って。はい」
半分立ち上がりかけた私の腕を掴んだフリオは、再度腰掛けるように促すと、無理やり私の手にグラスを押し付けて、握らせた。
仕方ない……。私は諦めてストンとまた腰掛けると、レモン水をちびりと一口飲んだ。
「て、ことはデビィには旦那さんがいるんだね」
その言い回しが気になって私は聞き返していた。
「既婚者の方だけではないの?」
「違うよ。旦那さんに先立たれた未亡人とか……姉妹が多くて自分に縁談が回ってこなかったご令嬢もいる。皆、それぞれに何かを抱えてるんだ。言っとくけど、俺等は体を売ってるわけじゃない。それはあくまでオプション。基本はこうして話を聞いたり、愚痴を聞いたり……それが俺等の仕事」
「じゃあそこで気が合えば……?」
フリオが吹き抜けになった先にある円形になった二階に目をやる。私もその視線を目の先で追った。
廊下には豪華な装飾の扉が並んでいて、丁度そこにアリシア様と、先ほどケインと呼ばれていた男性がその扉の一つを開けて、部屋へと入っていく所が見えた。
「アリッ── !」
思わず大きな声を出しそうになる私の口をフリオの大きな手のひらが覆った。
「おいおいおい、邪魔しちゃダメじゃないか」
「で、でも……」
目の前での不貞を見逃すのは、流石に気まずい。次からどんな顔でクラッド様に会えばいいの?っていうか、レニー様がこれを知ったら……?彼の想い人がこんなことをしてるとは、流石に思いもよらないだろうけど。
「まぁ、ここに何も知らずに来たみたいだし、驚くのは無理もない。ちなみに、あそこに入るのは別料金。ここでこうして飲み物飲んで喋るだけなら、入場料以外はとらないよ。安心した?」
領民からの貴重な納税をこんな所に使いたくないと思っていた私は、それを聞いて少しだけホッとした。──が。
「入場料をとるの?」
「当たり前だろう?俺達の時間をお買い上げいただいているんだ。ちなみに三時間以上はまた別料金」
「は?さっきお喋りだけならそれ以上のお金は掛からないって……」
「説明し忘れただけだ」
詐欺みたいな話だが、フリオは正直に話してくれた。そこだけは感謝しよう。まだここに来て三十分も経たないし。
「じゃあアリー様が随分とここでお金を使ってるっていうのは……」
「ああやって、男の時間を体ごと買ってるからだ。最近は少し顔を見せてなかったみたいだけどな」
そういえば、あのケインって男性もそう言っていたような。
でも何故アリシア様が?クラッド様がお忙しいから?
「不満そうだな」
そう言いながら、フリオが私の顔に手を伸ばす。
「な、何?」
私は思わずその手を避けた。
「眉間に皺が寄ってる。そんな顔をさせるなんて、俺はヒーラー失格だな」
「べ、別に貴方のせいじゃないわ。でも……」
「お友達のそんな所を見たくなかった?」
友達ではないけれど……。でも、どうしてアリシア様はこんな所へ私を招待したのかしら?その理由が分からなくて、私は困惑していた。
無言になった私の様子に、フリオはそれを肯定と受け取ったようだった。
「まぁ、そんなに難しく考えるなよ。ここでの事はここだけの秘密。旦那さんへの不満をここでスッキリ解消して、それで夫婦円満になるなら、それで良いじゃん」
「……そんなものなのかしら……夫婦って」
私とレニー様だって形式上は夫婦だが、中身は?と問われれば上手く答えられない。
しかし、最初は高圧的で威張った脳筋だと思ったレニー様だったが、最近は変に真面目で剣の事とアリシア様のことしか考えていない単細胞だと分かってきた。お互い干渉しなけりゃ、上手くやっていけるだろう。私はそれを寂しく思うこともない。
だが……世間一般では違うのかもしれない。たとえ政略結婚であっても、夫婦としての触れ合いがないのは寂しいことなのだろう。
「さぁな。俺は結婚したこともないし。まぁ、色々と事情があるんだろうな……とは話してて感じるよ」
そう言ってフリオはグラスの酒を飲み干した。
「……っと、空になっちまった」
フリオは背を向けていたボーイに声をかけた。
彼がいくら飲んだところで料金が嵩むわけではないと聞いて安心した。
そのボーイが振り向いて私達に近づく。私は彼の姿を見てつい言葉を漏らした。
「ブルー……ノ?」
銀色の髪に紫色の瞳、高い鼻に少し薄めの唇。
そこに立っているのは、もう二度と会えないと思っていたブルーノそのもののように見えた。……いや、違うことは分かっている。
私は彼の棺に縋り付いて泣いたことを覚えている。そこに眠る彼の顔が病気のせいで痩せこけてしまっていたことも。
「おい……大丈夫か?」
フリオが私の頬を指で拭う。いつの間にか私は涙を一粒流していたようだ。ブルーノの葬儀を思い出してしまった……こんな場所で泣くなんて。
「あ……ごめんなさい。大丈夫よ」
すると目の前にスッと白いハンカチが差し出された。
「お使いください」
ブルーノより、少し高い声。よく見るとブルーノより少し目が大きい。それに背もブルーノより低いみたいだ。
「ありがとう……」
私はそのハンカチを受け取ると、そっと頬の涙を押さえた。
つい、ハンカチを差し出してくれた人物の顔を見入ってしまう。見れば見るほど似ているが、ブルーノとは別人であることが理解できた。
フリオが飲み物を注文すると、彼は小さく頭を下げて、去っていった。
私は自分の手にハンカチが残されていることに気づく。返さなくては……そう思うが、このまま返すのは申し訳ない。洗って返そう……私は自分の手元のクラッチバッグにそのハンカチをそっと仕舞った。
別にここにもう一度来る為の言い訳ではない……そう自分に言い聞かせながら。
「どうしたんだ?」
彼が去ってから、フリオは不思議そうに私に尋ねた。
「知り合いに似ていて……少し驚いたの」
「知り合いか。同一人物ではなく?」
「ええ……。その知り合いはもうこの世にいないから」
私の答えにフリオは少し気まずそうに俯いた。
「ごめん……」
「貴方が謝る必要はないわ」
「だけど……それなら驚くのも無理はないな」
そんな話をしていると、先ほどの彼が飲み物を持って現れた。
冷静になって、もう一度彼を見る。グラスをテーブルに置く指も、爪の形もブルーノとは違う。この世には似た人物が三人居るというが、この人はその内の一人なのだろう。
「お前、名前何だっけ?」
フリオがふいに名を尋ねる。
「え……?俺の名前ですか?レオです」
盆を抱え直しながら答えた顔には戸惑いが見えた。
「あぁ、そうだったな。こいつはまだ入りたてなんだ」
フリオがそう言ってレオに指をさす。レオは紹介されたと思い、私に向かってペコリと頭を下げた。── その時。
「あっ……と。不味いな」
とフリオが顔を顰めた。
彼の視線は、たった今ホールに入って来た緑色のマスクの少しふくよかな女性に注がれている。
するとその女性は辺りを見回しながら、大きな声で言った。
「フリオ!フリオはどこなの?」
私は自分の隣に居たフリオを見た。彼は何とも言えない表情だ。
「ごめん、ちょっと席を外すよ。おい、レオ。お前がこのご婦人のお相手をしててくれ」
フリオはまだ私達のテーブルの側に居たレオに声をかけた。
「え?俺が……ですか?」
「そうだ。ボーイだってここで働く男にはかわりないからな」
フリオはそう言って腰を上げた。
「ごめん。あの御婦人は俺のお得意さんだ。本来ならこうして既に席に着いている男を指名するのはご法度だが、彼女は気難しくてね。君に迷惑が掛かる前に俺は行くよ」
そう言ってフリオは私にウィンクしてみせた。
フリオが急いでその御婦人の元へと大股で近づいていくのを私はボーッと見守った。彼らも大変なんだ……そう思いながら。
すると、私から人二人分程を空けてレオが控えめな様子で腰掛けた。
「あの……俺では力不足かもしれませんが……」
レオの小さな声が聞こえた。緊張しているのが分かる。
「別に無理してここに居なくても良いのよ?私は適当に一人で飲んでおくから……ってレモン水だけど」
私の言葉にレオは少しだけ頬を緩めた。