愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う

第32話

誤解が解けぬまま、私は屋敷に戻った。

色々と言い訳をする方が見苦しいし、何故レオが気になるのか……を問われても上手く説明出来ない。

私が玄関ホールに入ると、執事と共に何故かレニー様が立っていた。

「ただいま戻り── 」
「遅い!どこをほっつき歩いていたんだ!」

ガッツリと私の言葉に被せるようにレニー様が大きな声で言う。

「知り合いのご家族がご病気だったので……その……お見舞いに」

──嘘は言っていない。大まかには合っているはずだ。

すると、私の後ろから何故か玄関ホールに現れた御者が慌てたように言った。

「お、奥様はお知り合いが困っている所を助けられただけで!何もやましいところはありません!」

私は頭を抱えたくなった。こんな風に慌てたら、いかにも私がやましいことをしているようじゃないか!

彼が私を庇いたい気持ちはありがたい。ありがたいが、私は本当に潔白なのだから、庇われる必要はない。ただ、本当のことが言いにくいだけだ。

御者の慌てっぷりに執事はスッと目を細めた。……疑われている気がして仕方ない。しかも、鈍感そうなレニー様までが、御者の様子に首を傾げる始末。

私は何とか話題を変えることにした。

「レニー様、今日はお帰りが早かったのですね」

「ここ二日、ダンスレッスンが出来ていなかったから、今日こそはと早く帰ってきたのだが?それに、出かけるなど今朝は言って無かっただろう?」

そうだった。一昨日は社交クラブ、昨日はレニー様が遅番だったこともあり、ダンスレッスンは丸二日出来ていなかった。しかし── 。

「レニー様はもう随分と上達されましたし、毎日欠かさず練習せずとも──」

「いいや。まだまだだ。陛下や殿下の前で無様な姿は見せられん」

私は内心ため息をつく。どうしてこう、変な所で真面目なのだろう。この人は。

「左様ですか……でも、今日は些か疲れましたので、お夕食に……」

やんわりと私がレッスンを断ると、レニー様は腕を組み、憮然とした表情になる。

「君の帰りが遅かったからな。……で、何処へいっていたんだ?」

話題を変えたかったのに……やぶ蛇だったようだ。



私は何とか誤魔化しつつ、自室へ戻ることに成功した。

ホッと息をつきながら、着替えを済ませる。夕食でまたレニー様と顔を合わせなくてはいけないかと思うと、気が重かった。

しかし、着替えが済んで食堂へ行くと、レニー様の姿は無かった。

「あら?レニー様は?」

「先ほど団長から呼ばれて、慌てて王宮へ」
執事の言葉に私は眉を顰める。

「何かあったのかしら?」

「さぁ……私もあまり詳しい事は……」

こんな時間に呼び出されるぐらいだ。火急の用である事は間違いないだろう。
それが気になる反面、私としては今日の件を色々と詮索されずに済んだことに胸を撫で下ろしたのだった。


私はぐっすり眠っていて知らなかったのだが、夜中に帰って来たレニー様は大層ご立腹だったらしい。

「今朝早くに辺境へと出発されました」

執事の言葉に私は朝食をとりながら、頷いた。

「どうして隣国は護衛をもっとたくさんつけておかなかったのかしら?」

今回の王太子殿下の婚約式に、隣国の皇太子殿下がお祝いに駆けつける事が決まったことも急だったらしいのだが、皇太子殿下の乗った馬車が襲われたという一報が入ったのが、昨晩だった。
襲われた場所は国境沿いの山道。そこで随分と隣国側の護衛が減ってしまったとのことで、こちらから助っ人として選り抜きの近衛が派遣されることとなった。……らしい。まぁ、私は執事に聞いただけだが。

私の問いに執事は声を潜めた。

「どうも……隣国では皇太子を亡き者にしようと画策している連中がいるとか」

「えっ?!それ本当?!」

私は思わず大きな声を出して、両手で口を覆った。
改めて私も何故か声を潜める。

「誰が?」

「あちらの国では側妃がどうも力を持っているようで、その息子を皇太子に据えたいと思っている連中が少なからず居るとか……」

「はぁ……跡継ぎ問題ね。じゃあ護衛の数もわざと少なく?」

「そこは想像でしかない……と、旦那様は仰っておりましたが、あながちその予想は外れてはいないのかもしれません」

「もしかして皇太子殿下が来たのって……」

「『避難』でしょうなぁ。もちろん正妃のお子様でいらっしゃっる殿下をそのまま皇帝に……と強く望んでいる勢力もありますので」

「じゃあゴタゴタが終わるまで我が国に滞在なんてこと……」

「ありえますね」

執事はウンウンと頷いた。こりゃ、変な火種にならなければ良いが。

「面倒なことにならなければ良いわね」

「旦那様もそれを懸念しておりました。『何で僕が?』と言いながら出発しましたので」

今回の派遣隊の隊長に任命されたレニー様はどうも嫌々旅立ったらしい。まぁ、面倒事に巻き込まれそうで、嫌だったのだろう。私はそう思っていたのだが。

「ダンスレッスンが出来ない事を嘆いておりました。せっかく覚えたステップを忘れたらどうしてくれるんだ!とも」

その執事の言葉に私は目を丸くした。どれだけダンスに自信がないのかしら?

「運動神経は良いんだもの。既に身体が覚えているわよ」

私の言葉に執事は少しだけ厳しい顔をした。

「ところで……昨日の件ですが……」

あぁ……レニー様からの追求を免れたと思っていたのに……。


「何か?」

「……平民にお知り合いですか?」

御者も執事の追求から逃げられなかったと見える。


「ええ。メイドや使用人にも居るでしょう?」

もちろん、ここでもたくさん働いている。
執事は私の答えが不満だったようで眉を思い切り顰めた。でも、それに反論することが出来なかったようで、黙り込む。
私は彼の存在を無視して朝食を食べ進めた。

執事は諦めたように私に背を向ける。しかし、一言。

「ブラシェール伯爵家の名を汚すことだけはしないでください」

そう言って食堂を出て行った。

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