愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う
第34話
私はある個室に連れて行かれた。
「ここは私専用のお部屋。前回はご挨拶出来なくてごめんなさいね。……ちょうど忙しかったものだから」
何で?と訊くのはやめよう。そうしよう。それがいい、きっと。
豪華な調度品は金とワインレッドで統一され、眩しすぎて何だか落ち着かない。
大きな長椅子に優雅に腰掛けたマドリー夫人を挟むように右に二人、左に三人の男性が控えている。右の一人は夫人の手を握り、左の一人は夫人に甘えるように彼女の肩に頬を寄せていた。
何となく目のやり場に困る光景だ。
「いえ。私もご挨拶もしないままお暇してしまいまして── 」
「で、気に入った子はいたかしら?」
「はい?」
思わず聞き返す。
「貴女のお眼鏡にかなう男性はいたの?と訊いたのよ。なんと言っても美丈夫で有名なレニー様の奥様ですもの……そんじょそこらの男では満足出来ないでしょう?でもうちの子達も綺麗な子ばかりよ?ね?」
夫人が頬を寄せていた男性の頭を撫でる。
「あの……私、前回ここにご招待いただきましたが、ここがその……そういう場所だとは知らずに……」
「あら?そうなの?彼女が貴女のことをそう言っていたから……」
嫌な予感がする。
「『彼女』とは……ここで、アリーと呼ばれている方のことでしょうか?」
「フフフッ。そうよ?アリーが『レニーに構って貰えなくて寂しがっているようだから』って。どうしてもと言うから、貴女をここの会員にする許可を出したのよ」
夫人はそう言いながら、ニッコリと笑う。その目は何となく私を哀れんでいるように見えた。
私はそう言われて頭が真っ白になる。何故私とレニー様との間に営みがないことをアリシア様が知っているのか……答えは一つだ。レニー様が言わなきゃ、誰が言うというのか。
次に私は頭が痛くなった。
なんてことを他人に話しているのだ、あの恥知らずは!
私は思わず頭を抱える。夫人だけでなく、周りの男性達からも哀れまれている気がしてきた。
そんな視線に負けるわけにはいかない。私は少し大袈裟に驚いてみせた。
「まぁ!彼女はそんな誤解を?ウフフフッ。心配して下さったのかしら?でも、全くそんなこと御座いませんのよ?」
誰がこんな所で本当のことを言うものか。
しかしレニー様には呆れ果てた。好きな女に誤解されたくないからって、まさか夫婦の夜のことまで話しているなんて。……あぁ、もう顔も見たくない。
しかし、私にはもう一つ疑問があった。良い機会だ、夫人ならその答えを持っているかもしれない。
「あら……そうなの?」
夫人は少し残念そうだ。
「ええ。まだ新婚ですから。……ところで……何故アリシ……アリーはここの会員に?」
「彼女は私の学園時代の同級生なの。一応学友って言うのかしらね。彼女が仲良くしているご婦人がここの会員で、そのツテでね。ほら……彼女のご主人はお仕事が忙しいし、彼女も寂しいんじゃないのかしら?レニー様も結婚しちゃったし」
そう言って夫人はまた私を哀れんだ目で見た。
ん?これって……どういう意味?もしやレニー様とアリシア様って……禁断の関係なの??
私は思わず考え込んでしまっていたらしい。
夫人はまた扇で口元を隠しながら、少し馬鹿にしたように言った。
「あらあら、余計なことを言ってしまったかしら?でも、男の浮気ぐらいで目くじら立ててはダメよ?」
夫人がクスクス笑っているが、私が気にしているのはそんな事ではない。
それが事実で、もしクラッド様にバレたら……そう考えると恐ろしい。
……でも……レニー様は脳筋だし不器用だけど……そんな馬鹿なことをするかしら?
結婚当初の私なら、夫人の言葉を丸っと信じてしまっていたかもしれないが、今の私にはクラッド様に隠れてアリシア様と関係を持つレニー様を想像出来ない。
ならば、夫人の発言は私へのハッタリか……或いはアリシア様の盲言か……。
私は真っ直ぐに夫人を見ると、あえて微笑んでみせた。
「いえ。私は全く気にしておりませんので、お気になさらず」
「あら……。そうなの?」
夫人はまたもや少し残念そうだ。
「ところで……夫人はどうして今回私を招待して下さいましたの?」
私の問いに夫人はパタンと扇を閉じると言った。
「ここは、女性を癒す場所。愛のない政略結婚。家のためにたくさんのことを我慢している女性。いつの世も女性は蔑ろにされがちでしょう?そんな女性にはここが必要。もちろん貴女にも必要だと思ったからですわ。アリーも貴女に誰か良い縁をと気にしていましたしね。……それに少し貴女に興味があって」
私と夫人にはほとんど接点はない。私が結婚する前に参加した夜会で何度か見かけ、挨拶をしたぐらいだ。
彼女は元々男爵令嬢だったが、その美貌でマドリー公爵に見初められ、後妻に収まったと聞いていた。
夜会や茶会での彼女の振る舞いは、よく皆の口に上っていた。……悪い意味で。
『派手で下品』『マドリー公爵に金で買われた女』
私はその話の輪に入ることは無かったが、夜会での装いが目のやり場に困るような露出だったことは覚えていた。
そして夜会で何度か他のご婦人とトラブルを起こしていたことも。
公爵夫人になった彼女の高圧的な態度に、皆、辟易していたっけ。
しかしそんな彼女が私に興味を?伯爵家の私なんかは彼女の視界にすら入っていないのだと思っていた。
「私に?ですか?」
「ええ。あのレニー様と結婚した女性がどんな方か気になって」
「あの?」
「ええ。レニー様は学園では憧れの的。しかし良い歳になっても婚約者の居ないレニー様を射止めるのはきっとアリー……いえ、アリシアだと思っていたら、彼女、クラッド様と結婚しちゃうんだもの。じゃあ誰が?ってずっと皆、気になっていたの」
そう言った夫人は私の全身をまた、まじまじと眺める。
「まさか貴女みたいな人とは……ね。アリシアと正反対なんだもの」
レニー様とアリシア様の仲の良さは周知の事実だったようだ。
まぁ……確かに私はレニー様の好みとは全く違うだろう。そんなことはよーく分かっている。
だからって彼女に馬鹿にされるのは気分が悪い。
「ここは私専用のお部屋。前回はご挨拶出来なくてごめんなさいね。……ちょうど忙しかったものだから」
何で?と訊くのはやめよう。そうしよう。それがいい、きっと。
豪華な調度品は金とワインレッドで統一され、眩しすぎて何だか落ち着かない。
大きな長椅子に優雅に腰掛けたマドリー夫人を挟むように右に二人、左に三人の男性が控えている。右の一人は夫人の手を握り、左の一人は夫人に甘えるように彼女の肩に頬を寄せていた。
何となく目のやり場に困る光景だ。
「いえ。私もご挨拶もしないままお暇してしまいまして── 」
「で、気に入った子はいたかしら?」
「はい?」
思わず聞き返す。
「貴女のお眼鏡にかなう男性はいたの?と訊いたのよ。なんと言っても美丈夫で有名なレニー様の奥様ですもの……そんじょそこらの男では満足出来ないでしょう?でもうちの子達も綺麗な子ばかりよ?ね?」
夫人が頬を寄せていた男性の頭を撫でる。
「あの……私、前回ここにご招待いただきましたが、ここがその……そういう場所だとは知らずに……」
「あら?そうなの?彼女が貴女のことをそう言っていたから……」
嫌な予感がする。
「『彼女』とは……ここで、アリーと呼ばれている方のことでしょうか?」
「フフフッ。そうよ?アリーが『レニーに構って貰えなくて寂しがっているようだから』って。どうしてもと言うから、貴女をここの会員にする許可を出したのよ」
夫人はそう言いながら、ニッコリと笑う。その目は何となく私を哀れんでいるように見えた。
私はそう言われて頭が真っ白になる。何故私とレニー様との間に営みがないことをアリシア様が知っているのか……答えは一つだ。レニー様が言わなきゃ、誰が言うというのか。
次に私は頭が痛くなった。
なんてことを他人に話しているのだ、あの恥知らずは!
私は思わず頭を抱える。夫人だけでなく、周りの男性達からも哀れまれている気がしてきた。
そんな視線に負けるわけにはいかない。私は少し大袈裟に驚いてみせた。
「まぁ!彼女はそんな誤解を?ウフフフッ。心配して下さったのかしら?でも、全くそんなこと御座いませんのよ?」
誰がこんな所で本当のことを言うものか。
しかしレニー様には呆れ果てた。好きな女に誤解されたくないからって、まさか夫婦の夜のことまで話しているなんて。……あぁ、もう顔も見たくない。
しかし、私にはもう一つ疑問があった。良い機会だ、夫人ならその答えを持っているかもしれない。
「あら……そうなの?」
夫人は少し残念そうだ。
「ええ。まだ新婚ですから。……ところで……何故アリシ……アリーはここの会員に?」
「彼女は私の学園時代の同級生なの。一応学友って言うのかしらね。彼女が仲良くしているご婦人がここの会員で、そのツテでね。ほら……彼女のご主人はお仕事が忙しいし、彼女も寂しいんじゃないのかしら?レニー様も結婚しちゃったし」
そう言って夫人はまた私を哀れんだ目で見た。
ん?これって……どういう意味?もしやレニー様とアリシア様って……禁断の関係なの??
私は思わず考え込んでしまっていたらしい。
夫人はまた扇で口元を隠しながら、少し馬鹿にしたように言った。
「あらあら、余計なことを言ってしまったかしら?でも、男の浮気ぐらいで目くじら立ててはダメよ?」
夫人がクスクス笑っているが、私が気にしているのはそんな事ではない。
それが事実で、もしクラッド様にバレたら……そう考えると恐ろしい。
……でも……レニー様は脳筋だし不器用だけど……そんな馬鹿なことをするかしら?
結婚当初の私なら、夫人の言葉を丸っと信じてしまっていたかもしれないが、今の私にはクラッド様に隠れてアリシア様と関係を持つレニー様を想像出来ない。
ならば、夫人の発言は私へのハッタリか……或いはアリシア様の盲言か……。
私は真っ直ぐに夫人を見ると、あえて微笑んでみせた。
「いえ。私は全く気にしておりませんので、お気になさらず」
「あら……。そうなの?」
夫人はまたもや少し残念そうだ。
「ところで……夫人はどうして今回私を招待して下さいましたの?」
私の問いに夫人はパタンと扇を閉じると言った。
「ここは、女性を癒す場所。愛のない政略結婚。家のためにたくさんのことを我慢している女性。いつの世も女性は蔑ろにされがちでしょう?そんな女性にはここが必要。もちろん貴女にも必要だと思ったからですわ。アリーも貴女に誰か良い縁をと気にしていましたしね。……それに少し貴女に興味があって」
私と夫人にはほとんど接点はない。私が結婚する前に参加した夜会で何度か見かけ、挨拶をしたぐらいだ。
彼女は元々男爵令嬢だったが、その美貌でマドリー公爵に見初められ、後妻に収まったと聞いていた。
夜会や茶会での彼女の振る舞いは、よく皆の口に上っていた。……悪い意味で。
『派手で下品』『マドリー公爵に金で買われた女』
私はその話の輪に入ることは無かったが、夜会での装いが目のやり場に困るような露出だったことは覚えていた。
そして夜会で何度か他のご婦人とトラブルを起こしていたことも。
公爵夫人になった彼女の高圧的な態度に、皆、辟易していたっけ。
しかしそんな彼女が私に興味を?伯爵家の私なんかは彼女の視界にすら入っていないのだと思っていた。
「私に?ですか?」
「ええ。あのレニー様と結婚した女性がどんな方か気になって」
「あの?」
「ええ。レニー様は学園では憧れの的。しかし良い歳になっても婚約者の居ないレニー様を射止めるのはきっとアリー……いえ、アリシアだと思っていたら、彼女、クラッド様と結婚しちゃうんだもの。じゃあ誰が?ってずっと皆、気になっていたの」
そう言った夫人は私の全身をまた、まじまじと眺める。
「まさか貴女みたいな人とは……ね。アリシアと正反対なんだもの」
レニー様とアリシア様の仲の良さは周知の事実だったようだ。
まぁ……確かに私はレニー様の好みとは全く違うだろう。そんなことはよーく分かっている。
だからって彼女に馬鹿にされるのは気分が悪い。