愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う

第40話

レニー様がおかしい。

赤くなったり青くなったり、百面相のようだ。本人が気づいているかは別だが。

エスコートされて私の手を添えたレニー様の腕が熱い。……熱でもあるのかしら?
え?今、胸を押さえた?……心臓に病でも……?
正直心配だ。一曲踊ったら帰りましょうと提案したのに、否定されたし……何故そんなに夜会に残る事にこだわるのか……。

そうこうしていると名前が呼ばれ会場に入る。

王宮での夜会など、久しぶりだ。やはり今回は殿下の婚約者のお披露目を兼ねているせいか、いつもより豪華に思えた。
皆の装いを見るだけでも心がウキウキしてしまう。……こんな私だがやはり綺麗なものは好きだ。


「会場も凄く豪華ですね。皆様も華やかでとても綺麗」

私の口から思わずため息が漏れる。

「君が一番綺麗だろ」

え?聞き間違い?それとも空耳?レニー様が私を綺麗だと言った?いやいやいや、そんなわけがない。あ~もしかしてこのドレスを褒めてくれたのかしら?緑色に金色の細かい刺繍が美しい。私も気に入っている。……ちょっと露出過多だが。


私は驚いたせいで、ついレニー様の顔を穴が空くほど眺めてしまった。
え?次は咳?やはりレニー様は体調が悪いのではないだろうか。


ホールに到着した私達は歩みを止める。これから次々と上位貴族が入場するのを、待っておかなければならない。私はレニー様の腕をそっと離した。

その途端、レニー様がキッと私を睨む。

「何故離す」

「立ってるだけですから、エスコートしていただかなくても大丈夫です」

「そ、そうか……。ところでショールはどうした?」

「は?入り口預けてきましたよ?気づきませんでした?」

「そ、そうだったか?……というか寒くないのかその格好」


レニー様が顔をしかめる。

「おしゃれには我慢が必要です」

「……女は大変だな」

レニー様は少し呆れたように言った。
会話が途切れ、私達はまた入場者に視線を移す。

「あ……クラッド様とアリシア様です」

今入場してきた二人の姿に私は名を口にした。

「あれ?兄さんも参加か?アリシアは欠席だと言っていた気がしたが」

「予定が変わったのかもしれませんわね」

アリシア様はクラブに行く時の大人っぽいドレスではなく、まるで少女のようなフワフワとした装いだ。それが彼女に良く似合った。

アリシア様は私達の姿を見つけると、小さく手を振った……もちろんレニー様に。やはり私は彼女の視界に入っていないらしい。うん、分かってた。


全ての参加者の入場が終わり、最後に王族の皆様が姿を現した。

王太子殿下の隣には、この国の公爵令嬢イメルダ様が、晴れて婚約者という立場で誇らしげな表情を浮かべ立っていた。

「結局、我が国のご令嬢になりましたね」

私が小声でレニー様に言うと、彼はその高い背を少しだけ屈めて、答えた。

「宰相が国内の地盤強化を押していたからな。国外に目を向けるのは、もう少し先になりそうだ」

という事は、次の代── 二人の子どもに王子が生まれたら他国から姫を娶ることになるという意味だろうか。

「議会もそのお考えで?」

するとレニー様は更に私の耳元に口を近づける。

「数代前。他国の王女を王妃にした時に随分と干渉されてな。それ以降他国の王女との婚姻に慎重なんだ。議会だけでなく、今は殆どの貴族が同じ考えだろう」

おじ様にも聞いたことがある。他国からの干渉が原因で、随分昔に国が荒れた……と。

私はまた背筋をピンと伸ばして立つ、隣のレニー様をチラリと見る。
脳筋で剣を振るしか能のない男だと思っていたが、それだけでもないらしい。

「ん?何か僕の顔についてるか?」

私の視線に気付いたレニー様が若干頬を赤く染め、私に尋ねる。

「いえ……。最近はまともに会話出来ているなぁと思いまして」

「まとっ……!僕はいつもまともだろうが!」

小声ながらも、反論するレニー様。

「いえ、そういう事ではなく。ブラシェール伯爵になられたという自覚が── 」

「それなら……君のお陰だ」

『自覚が芽生えたような気がします』という少し失礼な私の言葉を遮ったのは、彼の意外な一言だった。

「私の……?」

「そうだ。君が僕の目を覚まさせてくれた。君がブラシェール家の為に考えてくれること、努力してくれていることの全てが、僕に当主としてもっとしっかりしろ!と言ってくれているようだった。とはいえ、僕はまだまだ努力が必要だがな」

「レニー様……」

私が当然だと思ってやっていた一つ一つが、レニー様にもきちんと届いていたようで嬉しくなる。

「そ、そこで……だな。君に謝らなくては……」

口籠りながらレニー様が私の方へと身体ごと向き直った── と、同時に、音楽が鳴り響き、王族の皆様がフロアへと歩み出た。ダンスのスタートだ。

「あの……その、子作──」

「へ?あの、聞こえませんけど?」

真っ赤になりながら喋るレニー様の声が小さすぎて、音楽に掻き消される。

「あ、あの……いや、いい。帰ってから話そう」

レニー様は諦めたように肩を落とす。まぁ、こんなところで大声で話すのも不躾というものだ。私は「分かりました」と微笑んで頷いた。
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