愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う
第41話
陛下や王太子殿下のダンスが華麗に終わる。私は眺めながら『あの宝石って一体いくらするのかしら?』なーんてくだらない事を考えていた。
次は上位貴族のダンスに移る。一応伯爵位まで上位として入っている為、レニー様が恭しく私の手を取った。
「さあ、行くぞ」
レニー様の顔が強張っていて怖い。緊張し過ぎだ。まるで戦場に行くかのよう。
「レニー様、もう少し肩の力を抜いて」
「わ、分かってる」
私にそう言われたレニー様は一度大きく息を吐き出した。
フロアに出た私達は、向かい合うと改めて手を取り合う。
「顔を下げないでくださいね」
「分かった。……君を見つめておくことにする」
うん?言っていることは合っている。合っているんだが、なんだかこそばゆい。
「そ、そうですね」
何となく調子が狂う。今日のレニー様はやはり何処か変だ。
音楽が始まり、私達はステップを踏む。
レニー様は体躯がしっかりしているので、ステップを踏んでも身体がぶれることがない。正直踊りやすい。
私のドレスがふわりと広がり、ターンも美しく決まる。レニー様の顔はまだ少し緊張気味だが、ちゃんと私の顔を見たままだ。
「その調子です」
私が微笑めば、レニー様もつられて笑顔を見せた。
「辺境に行っている間、練習出来なかったからヒヤヒヤしていた」
会話が出来る余裕さえ見せるレニー様。上出来だ。
「『食わず嫌い』ならぬ『やらず嫌い』ですわ。練習すれば直ぐに上達いたしましたもの」
「な、ならば他の曲も教えてくれるか?君と、もっと踊りたい」
顔を赤らめるレニー様に、不覚にもドキドキしてしまう。
「他の夜会も参加の予定で……?」
「し、社交も伯爵としての務めだろう?」
まるで別人のように当主としての自覚が芽生えたらしい。嬉しいことではあるが、ここまで変化するとは……。結婚当初のギスギスした関係を思えば、進歩と言えるのではないだろうか。
『夫婦』にも色んな形があるのかもしれない。私はふとそんな事を考えていた。
音楽が鳴り止み、ダンスが終わる。私達は改めてお辞儀をして微笑み合った。
差し出したレニー様の腕に私は手を添える。次は下位貴族のダンスが始まる。私達はフロアの端へと移動を始めた。
「何とかなったか……?」
レニー様が不安気に私に尋ねた。
「ええ、とてもお上手でした」
私の言葉にレニー様は明らかにホッとしたようだった。
下位貴族のダンスが終われば、後は王族の皆様へ挨拶をして……それからは自由だ。ダンスを楽しむも良し、酒を嗜むも良し。王宮の庭も開放されている、月夜を散歩するも良し……だ。
「何か飲むか?」
レニー様がそう私に尋ねた時、タイミング良く飲み物が運ばれて来た。
「貰おう」
盆に乗せられたワイングラスを二つレニー様が受け取ると、一つを私に渡す。
「殿下へのご挨拶前にお酒を口にしても大丈夫でしょうか?」
「ワイン一杯ぐらい平気だろ?」
そう言いながら、レニー様は私のグラスにカチリと自分のグラスを合わせた。
その姿が様になっていて、私は改めてレニー様は皆が騒ぐ程の美丈夫なのだと納得する。
私達はダンスが一段落したのち、陛下と殿下へ挨拶に赴いた。
当初の目的は私達の結婚報告だ。思いの外夜会が楽しくて忘れてしまいそうだった。
ダンスも踊った。目的も果たした。
「レニー様、そろそろ帰りますか?」
もうやるべきことは全て済ませた。もう帰っても問題ない。
「い、いや……もう少し!そ、そうだ、庭でもさ── 」
「レニー!」
レニー様が私に何かを言いかけたが、それを掻き消す程の声が聞こえた。
「レニー!」
そう言って足早に手を振りながら私達に近付く人物……アリシア様だ。
アリシア様に私は微笑みながら会釈をした……が、彼女は私など目にも入っていないかのように前を通り過ぎた。……うん、分かってた。
「アリシア。……兄さんは?」
確かに、アリシア様は誰のエスコートもなく、ここまで来た。入場の時にはクラッド様と一緒だった筈だが。
「クラッドなら、あそこよ」
少し不機嫌そうに答えたアリシア様の視線の先には宰相と話すクラッド様の姿があった。
「もうクラッドは仕事に戻ったの」
「元々兄さんは仕事があるから夜会に参加しないと言っていたはずだけど……」
レニー様はクラッド様の姿から目をそらさずに、そう首を傾げた。
「王宮の夜会……しかも殿下の婚約者のお披露目でしょう?一人で出席しろと言われていたけど、せめて入場ぐらいエスコートしてよって頼んだの」
「アリシア……君も欠席するって言ってなかったか?」
私は二人の会話を微笑みながら見守るだけだ。ここで口を挟むのも野暮というものだ。……かと言って離れるのも周りから何と思われるか……うーん……難しい。
「レニーが出席するって言ってたから。レニーと一緒なら寂しくないもの。……ねぇ、私と踊りましょう?」
アリシア様はレニー様の腕を引っ張るようにして上目遣いで甘える。
「いや……僕は……」
チラリと私を見るレニー様。あら……私の存在を思い出してくれたのかしら?
アリシア様がレニー様の視線を追って私の方に顔を向けた。
「デボラさんもダメとは言わないわよね?だって私達は家族ですもの」
アリシア様がコテンと首を傾げて私に『はい』と言えとプレッシャーをかける。
「いや……僕は一曲しか踊れないし……」
すると、丁度そのタイミングで、レニー様が唯一踊れる曲が流れ始めた。
「レニー!この曲なら踊れるでしょう?」
「だ、だが……」
レニー様が私の方にチラチラと視線を送る。
あぁ、私に気を遣ってくれているのか。だがしかし!レニー様が愛する人と躍るチャンスを私が潰すわけにはいかない。
「どうぞ、踊ってらして?私はこちらで少し休憩しておきますわ」
私は自分の後方に置かれている長椅子を指した。
「ほら!デボラさんもこう言ってるし」
「デ、デボラ……」
レニー様は少し不安そうな顔を私に向ける。対してアリシア様はグイグイとレニー様の腕を引っ張っていた。
あ!レニー様は私としかダンスの練習をしていないから、アリシア様と躍るのが不安なのね!
好きな人に格好悪いところを見せたくないという気持ちだろう。私は声に出さずに口の形だけで『大丈夫ですよ!頑張って!』と励ました。
レニー様は何故か絶望したような表情を浮かべながらもアリシア様に引っ張られながら、フロアへと繰り出した。
そんな心配しなくても、レニー様は上手に踊れるのに。まだ私の方を見ていたレニー様に私は『頑張って』の意味を込めて小さくガッツポーズをしてみせた。
次は上位貴族のダンスに移る。一応伯爵位まで上位として入っている為、レニー様が恭しく私の手を取った。
「さあ、行くぞ」
レニー様の顔が強張っていて怖い。緊張し過ぎだ。まるで戦場に行くかのよう。
「レニー様、もう少し肩の力を抜いて」
「わ、分かってる」
私にそう言われたレニー様は一度大きく息を吐き出した。
フロアに出た私達は、向かい合うと改めて手を取り合う。
「顔を下げないでくださいね」
「分かった。……君を見つめておくことにする」
うん?言っていることは合っている。合っているんだが、なんだかこそばゆい。
「そ、そうですね」
何となく調子が狂う。今日のレニー様はやはり何処か変だ。
音楽が始まり、私達はステップを踏む。
レニー様は体躯がしっかりしているので、ステップを踏んでも身体がぶれることがない。正直踊りやすい。
私のドレスがふわりと広がり、ターンも美しく決まる。レニー様の顔はまだ少し緊張気味だが、ちゃんと私の顔を見たままだ。
「その調子です」
私が微笑めば、レニー様もつられて笑顔を見せた。
「辺境に行っている間、練習出来なかったからヒヤヒヤしていた」
会話が出来る余裕さえ見せるレニー様。上出来だ。
「『食わず嫌い』ならぬ『やらず嫌い』ですわ。練習すれば直ぐに上達いたしましたもの」
「な、ならば他の曲も教えてくれるか?君と、もっと踊りたい」
顔を赤らめるレニー様に、不覚にもドキドキしてしまう。
「他の夜会も参加の予定で……?」
「し、社交も伯爵としての務めだろう?」
まるで別人のように当主としての自覚が芽生えたらしい。嬉しいことではあるが、ここまで変化するとは……。結婚当初のギスギスした関係を思えば、進歩と言えるのではないだろうか。
『夫婦』にも色んな形があるのかもしれない。私はふとそんな事を考えていた。
音楽が鳴り止み、ダンスが終わる。私達は改めてお辞儀をして微笑み合った。
差し出したレニー様の腕に私は手を添える。次は下位貴族のダンスが始まる。私達はフロアの端へと移動を始めた。
「何とかなったか……?」
レニー様が不安気に私に尋ねた。
「ええ、とてもお上手でした」
私の言葉にレニー様は明らかにホッとしたようだった。
下位貴族のダンスが終われば、後は王族の皆様へ挨拶をして……それからは自由だ。ダンスを楽しむも良し、酒を嗜むも良し。王宮の庭も開放されている、月夜を散歩するも良し……だ。
「何か飲むか?」
レニー様がそう私に尋ねた時、タイミング良く飲み物が運ばれて来た。
「貰おう」
盆に乗せられたワイングラスを二つレニー様が受け取ると、一つを私に渡す。
「殿下へのご挨拶前にお酒を口にしても大丈夫でしょうか?」
「ワイン一杯ぐらい平気だろ?」
そう言いながら、レニー様は私のグラスにカチリと自分のグラスを合わせた。
その姿が様になっていて、私は改めてレニー様は皆が騒ぐ程の美丈夫なのだと納得する。
私達はダンスが一段落したのち、陛下と殿下へ挨拶に赴いた。
当初の目的は私達の結婚報告だ。思いの外夜会が楽しくて忘れてしまいそうだった。
ダンスも踊った。目的も果たした。
「レニー様、そろそろ帰りますか?」
もうやるべきことは全て済ませた。もう帰っても問題ない。
「い、いや……もう少し!そ、そうだ、庭でもさ── 」
「レニー!」
レニー様が私に何かを言いかけたが、それを掻き消す程の声が聞こえた。
「レニー!」
そう言って足早に手を振りながら私達に近付く人物……アリシア様だ。
アリシア様に私は微笑みながら会釈をした……が、彼女は私など目にも入っていないかのように前を通り過ぎた。……うん、分かってた。
「アリシア。……兄さんは?」
確かに、アリシア様は誰のエスコートもなく、ここまで来た。入場の時にはクラッド様と一緒だった筈だが。
「クラッドなら、あそこよ」
少し不機嫌そうに答えたアリシア様の視線の先には宰相と話すクラッド様の姿があった。
「もうクラッドは仕事に戻ったの」
「元々兄さんは仕事があるから夜会に参加しないと言っていたはずだけど……」
レニー様はクラッド様の姿から目をそらさずに、そう首を傾げた。
「王宮の夜会……しかも殿下の婚約者のお披露目でしょう?一人で出席しろと言われていたけど、せめて入場ぐらいエスコートしてよって頼んだの」
「アリシア……君も欠席するって言ってなかったか?」
私は二人の会話を微笑みながら見守るだけだ。ここで口を挟むのも野暮というものだ。……かと言って離れるのも周りから何と思われるか……うーん……難しい。
「レニーが出席するって言ってたから。レニーと一緒なら寂しくないもの。……ねぇ、私と踊りましょう?」
アリシア様はレニー様の腕を引っ張るようにして上目遣いで甘える。
「いや……僕は……」
チラリと私を見るレニー様。あら……私の存在を思い出してくれたのかしら?
アリシア様がレニー様の視線を追って私の方に顔を向けた。
「デボラさんもダメとは言わないわよね?だって私達は家族ですもの」
アリシア様がコテンと首を傾げて私に『はい』と言えとプレッシャーをかける。
「いや……僕は一曲しか踊れないし……」
すると、丁度そのタイミングで、レニー様が唯一踊れる曲が流れ始めた。
「レニー!この曲なら踊れるでしょう?」
「だ、だが……」
レニー様が私の方にチラチラと視線を送る。
あぁ、私に気を遣ってくれているのか。だがしかし!レニー様が愛する人と躍るチャンスを私が潰すわけにはいかない。
「どうぞ、踊ってらして?私はこちらで少し休憩しておきますわ」
私は自分の後方に置かれている長椅子を指した。
「ほら!デボラさんもこう言ってるし」
「デ、デボラ……」
レニー様は少し不安そうな顔を私に向ける。対してアリシア様はグイグイとレニー様の腕を引っ張っていた。
あ!レニー様は私としかダンスの練習をしていないから、アリシア様と躍るのが不安なのね!
好きな人に格好悪いところを見せたくないという気持ちだろう。私は声に出さずに口の形だけで『大丈夫ですよ!頑張って!』と励ました。
レニー様は何故か絶望したような表情を浮かべながらもアリシア様に引っ張られながら、フロアへと繰り出した。
そんな心配しなくても、レニー様は上手に踊れるのに。まだ私の方を見ていたレニー様に私は『頑張って』の意味を込めて小さくガッツポーズをしてみせた。