愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う

第47話

居心地が悪くなったようで、ギルバート様は「お大事にな」とレニー様に声を掛け、買ってくれたジャムの袋を手に去って行く。レベッカ様も頭をペコリと下げると、逃げるようにギルバート様の後を追った。

居た堪れない空気になるが、それでもお客様は待ってくれない。

「これは何かしら?」

「苺に砂糖を溶かした物をかけて固めた物です。外はパリパリ、中は苺の果実がみずみずしくて美味しいですよ」

私はレニー様の様子が気になりながらも、接客に追われる。ハロルドはレニー様や料理人が持って来てくれた飴やパウンドケーキを手早くラッピングして並べ始めた。

レニー様はまだ地面を見つめてその場に佇んでいるだけだ。何も喋らないし顔色は悪い。
手伝いに来たと言っていたが……動く気はあるのだろうか?

やっと客が途切れ、私は先ほどまでレニー様が銅像の様に固まっていた方向を見た。

「あれ?レニー様どこに行ったか知らない?」

レニー様の姿が見当たらない。

「さっきあちらの方にトボトボと歩いてい行きましたけど……」

バザーを手伝ってくれていたメイドが答える。

「午前中の客は終わりでしょう。午後の開始まで、まだ時間がありますよ」

ハロルドの声に私は軽く手を挙げて応えた。

「ちょっと捜してくるわ。様子がおかしかったし」

「どうぞ」

その場をハロルドに任せ、私は先ほどメイドに教えられた方向へとレニー様を捜しに行くことにした。

「レニー様、どちらです?」

バザー会場から随分と離れた場所まで来たが、まだ彼の姿は見えない。ほんの少し早足になった私に、声がかかった。

「デボラ様!」

振り返った私に笑顔のレオが妹の手を引き駆けてきた。

「レオ!」

私は立ち止まる。レオは私の前まで来て立ち止まった。

「シルビア、こちらがお前にクッキーとハンカチをくれた人だよ。それに薬も」

レオにそう言われたシルビアはもじもじと頬を染めながら言った。

「あの……ありがとう。クッキーとっても美味しかった……」

レオの後ろに隠れる様にシルビアは私に礼を言う。その姿が愛らしい。私は彼女に目線を合わせるためにしゃがみ込んだ。

「クッキー、気に入ってくれた?」
私の言葉にシルビアはコクコクと頷くと、少し微笑んだ。

「ハンカチもかわいかった……」

「シルビア。病気も治して貰ったんだから、もっとちゃんとお礼を──」

レオは少し眉間に皺を寄せたが、私はそれを遮った。

「病気を治したのはお医者様だもの。それにもうお礼は言ってもらったわ。私はデボラよ。仲良くしてね」

私が手を出すと、シルビアは照れながらも私の手を取り握手した。小さな手のひらが私の手にすっぽりと納まる。

「子どもって……可愛いわ」
私は無意識にボソリと呟いた。

「デボラ様もバザーに?」
頭上からレオの声がして、私は立ち上がりながら答える。

「いいえ、私はバザーに出店してるの」

「え?デボラ様自ら店番を?」

レオは目を丸くした。

「ええ。うちの領地の果物を使ってるから、皆様に私から説明したくて」

私の言葉にシルビアは急に目を輝かせる。

「え?ならまたクッキー食べられる?」

「ええ。クッキーも、パウンドケーキも、りんご飴もいちご飴もあるわよ」

シルビアはレオの手を引っ張る。

「早く行こう!」

「待て。まだ少し時間が早いから!」

バザーは貴族と平民が混じらないよう、午前と午後の間には二時間程時間が空けられている。

すると向こうから、もう一人女の子が駆けてきた。

「シルビア!」
どうもシルビアのお友達のようだ。その声にシルビアはレオの手を離す。

「少し遊んでくる!」
シルビアはレオの返事を待たずに、既に駆け出し始めていた。レオはその背中に声を掛ける。

「おい!遠くに行くなよ!」

「分かってる!」

シルビアは振り返ると軽く手を降って、友達の元へと駆けていった。

「もう……本当に落ち着きがないんだから」

レオが諦めた様にため息をついた。

「子どもはジッとしているのが苦手だもの。仕方ないわ」
私の言葉にレオは頭を掻いた。

「中々言うことを聞いてくれなくて」

「そんなものよ」

私が笑うと、レオもつられて笑った。

「でも、ここで会えて良かったです。もうあの場所には……来ないと思ったから」

私は少し返事に困った。もうあの社交クラブには顔を出すつもりはない。だけど、レオのことが気になっていたのは確かだった。

「レオ……ねぇ、ちょっとあなたに──」

そう私が口を開いた時、私の後ろから声がした。

「デボラ……彼がレオなのか?」

声の主……振り返らなくても私には直ぐに誰か分かった。
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