野いちご源氏物語 三八 夕霧(ゆうぎり)
「私にお(まか)せになるのですね。帰り道もわからないけれど、(みや)様は私を追い出してしまいたいとお思いでしょう。こういうときに困るのですよ、真面目な男は」
苦笑いして、押さえきれない恋心をほのめかしなさる。
宮様は大将(たいしょう)様のお気持ちに気づいておられたけれど、これまで知らん顔を通していらっしゃったの。
<それなのにこんなにはっきり言われてしまっては>
と困って、もうお返事もなさらない。

大将様は(なげ)きながらお考えになる。
<このような絶好(ぜっこう)の機会が二度とあるだろうか>
どう考えても、今夜を(のが)すわけにはいかない。
<思いやりのない男だと軽蔑(けいべつ)されてもかまわない。思いのたけをお伝えしよう>
とお決めになると、家来を呼んでお命じになる。

「こちらにおられる僧侶(そうりょ)仏教(ぶっきょう)についてお尋ねしたいことがあったのだが、お祈りでそれどころではなさそうだから、夜が()けてからにしようと思う。今夜はこちらに泊めていただく」
(とも)のうち何人かを残して、他の者は近くの大将様のご領地(りょうち)で休むようにおっしゃる。
「こちらで騒がしくしてはならない。私の外泊(がいはく)(うわさ)になれば世間から軽率(けいそつ)だと非難(ひなん)される」
家来は事情を想像して立っていった。
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