嘘つきな天使
新しい生活のスタート。

■ 新しい生活のスタート。


天真は言葉通りすぐに出てきた。

裸の上半身にスウェットパンツ。髪も乾かさず首からタオルをぶら下げている。

「ちょっ!ちょっと上!何か着てよ!それに髪、乾かさないと風邪ひくよ」

「大丈夫、大丈夫。俺、いつもこうだから。自然乾燥でそのうち乾くし」
だからあのボサボサ髪……何となく納得して頷いていると

「それより飯だ、飯。早く食わないと冷めちまう」と天真はまるで飢えた子供のようにスプーンとフォークを握りわくわくと目を輝かせている。

天真は色んな顔をする。真剣なときはかっこいいし、怒るとそれは言葉に表せない程怖いし、今はまるで子供の用に無邪気。

か、可愛いじゃんよ…

って、何を思ってる私!朝から変態か!

天真と朝食を食べると、今日から本格的な事務作業が待ち構えていた。

カフェの店長には昨日の夜の時点で「事情があってどうしても仕事を続けられくなった」と言うと『辞められたら困っちゃう』と引き止めれたが謝り倒したら『ま、あんたみたいな真面目な子が急に辞めるなんて相当な事情ね』と言うわけで認められた。普段真面目な性格が幸いしたのか。

「今度改めてご挨拶に伺います」
『相変わらず真面目ね~、まぁ制服やら私物がちょっとあるから取りに来てくれるとありがたいけど』

ああ、ホントにいい職場だったのにな~、居心地も良かったし、スタッフたちのいざこざもなかったし、皆優しかったし。そして最後まで優しいし。

本当にごめんなさい、と思いつつ今日から全く畑違いの仕事できんちょー。

天真の手当てが早かったのか、その後の処置が良かったのか殴られた頬はそれほど腫れていない。内出血もしていないし、お腹の方は多少の筋肉痛みたいな痛みだけで、やっぱ天真が居てくれて良かったなー。これなら今日から新しい仕事に没頭できそう。

開業一時間前に名前だけ何度も聞いた香坂さんが出勤してきた。50過ぎのいかにもデキそうな風貌を思わせたが口調は思いのほか優しかった。
院内の掃除の仕方から、業務の流れを丁寧に教えてくれる。

良かった。一緒に働く人が優しい人で。

と思ったが、それが間違いだったのは受付開始の8:30~

「麻生さん、西崎さんのカルテ持ってきて。西崎 あゆむさんよ、間違えないで」

「はい!」

「加藤さんは超音波検査の予約が入ってるからご案内して」

「はい!」

「須崎さん、前回不足分のお薬があるから今すぐ調剤薬局にファックス!」

「はい!」

戦場だ……

まだ始まってもないのに。

天真が言った通り、資格が必要な仕事は全部香坂さんがやってくれる。けれど雑用だけでもどんだけ多いのよ!

しかし9時開院した頃、はじめて訪れたとき誰もいなかった待合室が来院客であっという間に埋まった。

こんなに人気があるのか、この病院。そう言えばホームページの口コミは割と良かった気が。

しかし産婦人科って色んな人がいるもんだなー、明らかに妊婦さんだと思われるお腹の大きな人は勿論、何か他に目的のあると思われる患者さんも。由佳みたいな目的のひとも居るのかな……

「麻生さん、手が止まってる!」

「は、はい!」

てな具合で午前の部の診察が終わった。
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