天敵スズメバチ王と政略結婚しましたが、食べられそうなのは私の心です 〜溺れるのは蜜か毒か〜


(どうか、少しでも……私を気に入って
くださいますように)


翅をすくませ、そっと瞼を閉じ、
来るべき接触に備える。




けれど。

何も起きない……


次に来ると思った指先も、唇も、影さえもなく。

ただ、ふわりと──

彼の吐息が、耳のすぐそばをかすめた。


「この香りは……」


その声は低く、どこか迷うように揺れて。

思わずカミリアは瞼を開くと――
アザレオはいつの間にか距離を取っていた。


「蜜の香りか。まるで麻薬のようだ。
……そうか。これがおまえたちの力か」


カミリアたちミツバチ族が放つ、独特の甘い香り。
王の瞳に宿る色が、わずかに和らいだ気がした。


「癒されるような、掻き立てられるような……なんとも不可思議な香りだ」


アザレオはすっとカミリアの隣に身を横たえる。
しかし触れはしない。あくまで少しの距離を空けたまま。


「あ、あの――」
「眠れ。今日は疲れただろう」


カミリアは息を呑んだ。


(え……どうしましょう……
私を気に入らなかったのかしら?)



すでにすうすうと聞こえる寝息。

時折翅がこすれる音を聴きながら、
カミリアは肩すかしならぬ翅すかしを
食らった気分だった。




< 4 / 60 >

この作品をシェア

pagetop