天敵スズメバチ王と政略結婚しましたが、食べられそうなのは私の心です 〜溺れるのは蜜か毒か〜
(どうか、少しでも……私を気に入って
くださいますように)
翅をすくませ、そっと瞼を閉じ、
来るべき接触に備える。
けれど。
何も起きない……
次に来ると思った指先も、唇も、影さえもなく。
ただ、ふわりと──
彼の吐息が、耳のすぐそばをかすめた。
「この香りは……」
その声は低く、どこか迷うように揺れて。
思わずカミリアは瞼を開くと――
アザレオはいつの間にか距離を取っていた。
「蜜の香りか。まるで麻薬のようだ。
……そうか。これがおまえたちの力か」
カミリアたちミツバチ族が放つ、独特の甘い香り。
王の瞳に宿る色が、わずかに和らいだ気がした。
「癒されるような、掻き立てられるような……なんとも不可思議な香りだ」
アザレオはすっとカミリアの隣に身を横たえる。
しかし触れはしない。あくまで少しの距離を空けたまま。
「あ、あの――」
「眠れ。今日は疲れただろう」
カミリアは息を呑んだ。
(え……どうしましょう……
私を気に入らなかったのかしら?)
すでにすうすうと聞こえる寝息。
時折翅がこすれる音を聴きながら、
カミリアは肩すかしならぬ翅すかしを
食らった気分だった。