竜王の歌姫

唯一の夢

草花の絨毯がどこまでも広がる野原に、カノンは立っていた。
雲ひとつない青い空から降り注ぐ光が、カノンの銀髪を眩く照らす。

すうっと大きく息を吸い込むと、頭の中で浮かんだフレーズがメロディに乗って溢れ出す。

カノンは歌っていた。何のしがらみもなく、自由に、その喉から声を響き渡らせて。

向かい合った先には、一匹の竜がいる。
大きな身体を丸め、羽を休ませるその竜は、漆黒の羽と鱗を持っている。

カノンと竜の間には、いつも見えない壁のようなものが存在していた。
その壁に隔たれて、両者が触れ合うことはできない。
話すこともできなかったが、カノンの歌だけは唯一竜に届く。

カノンが歌うと、竜は心地よさそうに低く喉を鳴らす。

カノンは、竜が自分を見る、優しく細められた金色の瞳が好きだった。

その目をもっと見ていたくて、もっと喜んで欲しくて、カノンは竜のための歌を歌い続けた。



微睡の中にあった意識が覚醒する。
目を開けて見えるのは、見慣れたいつもの天井。
身体を起こすと、古びたベッドが軋んだ。

ああそうか、また夢を見ていたんだ。
まだ少しぼうっとする頭で、カノンは理解する。

喉元に手を当てる。乾いた喉からは、やはり何も言葉が生まれない。
今日もいつも通りの現実が始まることを思うと、途端に気分が沈む。

けれど。
カノンは夢の中での、竜の優しい瞳を思い出す。

16歳を迎えた日から、何度も見るようになった夢。
夢の中でだけ、カノンは昔のように歌うことができて
そこには必ず、竜の姿があった。

どんなに辛いことがあっても、夢の中で会える、その存在に救われた。

夢の中でのひと時は、カノンの唯一の心の支えになっていた。

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