クズ御曹司の執着愛
忠相は無言で伊織の手を掴んだ。
「ちょっと……!」
抵抗する間もなく、歩幅を合わせるように引かれていく。
エレベーターは静かに上昇し、最上階で止まった。
重厚な扉が開くと、広々とした玄関と、磨き込まれたフローリングが続いている。
「……わあ、綺麗」
伊織は思わず感嘆の声を漏らした。
リビングに足を踏み入れた瞬間、ガラス張りの窓の向こうに夜景が一面に広がる。
ビル群の灯りが宝石のように瞬き、遠くには街道を走る車のテールランプが、赤い川となって流れていた。
「これが……毎日見られるなんて」
驚きと、わずかな羨望が滲んだ声。
忠相は腕を組み、わずかに口角を上げる。
「気に入ったか?」
「もっと近くで見てみろ」
当然のように伊織の肩を抱き、窓際へ導く。
窓いっぱいに広がる煌めきに、伊織は息を呑んだ。
「……本当、綺麗」
忠相は横目で彼女を見やり、満足げに言う。
「ならよかった。今夜から毎日、この景色を見られる」
「……え?」
伊織は振り向き、目を瞬かせた。
「お前も、ここで暮らすんだ」
「……今、なんて言ったの?」
声がかすかに震える。
忠相は視線を逸らさず、低く言い放った。
「今日からだ。ここで、俺と暮らす」
伊織の胸に、驚愕と反発、そして言葉にできないざわめきが同時に広がる。
「……冗談でしょ?」
かすれた笑みを作る。
冗談であってほしい、そう願いながら。
だが忠相の目は、夜景の光を映したまま揺るがなかった。
「本気だ」
短い言葉。
そこには迷いも、撤回の余地もない。
「……っ」
伊織は言葉を失い、視線を逸らす。
「そこに座れ」
低い声に押され、ソファに腰を下ろした。
「昨日のレストランにいた佐藤絵里香、覚えているか?」
「……取引先の娘さん、だよね」
「ああ」
忠相の表情が険しくなる。
「あの女の父親から、何度も見合いを迫られている。何度断っても、聞かない」
伊織は黙って聞いていた。
「あの子、ずいぶん若くない?」
「二十四歳だ」
伊織は肩をすくめ、わざと軽く言う。
「十六歳差かあ……悪くないんじゃない?
忠相みたいな御曹司には、ちょうど釣り合うんじゃない」
忠相の目が、すっと細められた。
「……伊織」
その呼びかけには、ただの注意では済まされない圧があった。
「言っていいことと、そうでないことがある」
静かに抑え込まれた怒りが、はっきりと滲む。
伊織は背筋を強張らせ、唇を噛む。
挑発のつもりだった言葉が、逆鱗に触れたのだと悟った。
(……怖い。クズ男なんかじゃない。本気の目をしてる)
「さんざん女遊びしておいて……よくそんなことが言えるわね」
皮肉と怒りが滲む。
「“クズ男”も、そろそろ年貢の納め時なんじゃないかって言ってるのよ」
忠相は低く息を吐き、背もたれに身を預けた。
「……俺を、そういう目でしか見られないのか」
静かな声だが、底には苛立ちがある。
伊織は逸らさず睨み返す。
「自業自得でしょ。ホテルでのこと、忘れたわけじゃないでしょう?
それを使って、卑怯な手を私に使ったじゃない」
忠相の顔に、一瞬影が差す。
「あれは……」
言葉が、そこで詰まる。
伊織は身を乗り出し、追い詰めるように言った。
「何? 言いたいことがあるなら言いなさいよ。……だらしない」
張り詰めた沈黙。
忠相は視線を逸らさず、まっすぐ伊織を射抜いた。
「……あれは、お前にだけだ。伊織」
低く紡がれたその言葉に、伊織の胸が強く波打った。
しばらく、沈黙が落ちた。
時計の秒針の音さえ、やけに大きく響いているように感じられる。
やがて、忠相が低く口を開いた。
「……もういい」
視線を落とし、ひと呼吸置いてから、静かに続ける。
「とにかく俺は、好きでもない女と結婚はしたくない。
俺の立場からすれば、政略結婚が当たり前なのかもしれないが……それは、俺の望む結婚じゃない」
伊織は何も言わず、その言葉を受け止めた。
忠相はゆっくりと顔を上げる。
逃げもごまかしもない目で、まっすぐ伊織を見据えた。
「俺には、愛している女がいる」
一拍。
その間に、もう後戻りはできないとわかる。
「……ずっとだ。
俺がこれまで独身を貫いてきたのも、その女しか愛せないからだ」
低い声だったが、そこに揺らぎはなかった。
伊織は唇を引き結び、皮肉を帯びた笑みを浮かべる。
「だったら、私とこんな話をしていないで……
さっさとその女性を迎えに行ったらいいじゃない」
一瞬、間を置き、突き放すように続けた。
「……忠相らしくないわね」
忠相の目が、すっと細まる。
「俺らしいって……なんだ?」
低く響いたその問いは、
伊織の言葉ではなく、彼女の“逃げ”そのものを射抜く声だった。
「ちょっと……!」
抵抗する間もなく、歩幅を合わせるように引かれていく。
エレベーターは静かに上昇し、最上階で止まった。
重厚な扉が開くと、広々とした玄関と、磨き込まれたフローリングが続いている。
「……わあ、綺麗」
伊織は思わず感嘆の声を漏らした。
リビングに足を踏み入れた瞬間、ガラス張りの窓の向こうに夜景が一面に広がる。
ビル群の灯りが宝石のように瞬き、遠くには街道を走る車のテールランプが、赤い川となって流れていた。
「これが……毎日見られるなんて」
驚きと、わずかな羨望が滲んだ声。
忠相は腕を組み、わずかに口角を上げる。
「気に入ったか?」
「もっと近くで見てみろ」
当然のように伊織の肩を抱き、窓際へ導く。
窓いっぱいに広がる煌めきに、伊織は息を呑んだ。
「……本当、綺麗」
忠相は横目で彼女を見やり、満足げに言う。
「ならよかった。今夜から毎日、この景色を見られる」
「……え?」
伊織は振り向き、目を瞬かせた。
「お前も、ここで暮らすんだ」
「……今、なんて言ったの?」
声がかすかに震える。
忠相は視線を逸らさず、低く言い放った。
「今日からだ。ここで、俺と暮らす」
伊織の胸に、驚愕と反発、そして言葉にできないざわめきが同時に広がる。
「……冗談でしょ?」
かすれた笑みを作る。
冗談であってほしい、そう願いながら。
だが忠相の目は、夜景の光を映したまま揺るがなかった。
「本気だ」
短い言葉。
そこには迷いも、撤回の余地もない。
「……っ」
伊織は言葉を失い、視線を逸らす。
「そこに座れ」
低い声に押され、ソファに腰を下ろした。
「昨日のレストランにいた佐藤絵里香、覚えているか?」
「……取引先の娘さん、だよね」
「ああ」
忠相の表情が険しくなる。
「あの女の父親から、何度も見合いを迫られている。何度断っても、聞かない」
伊織は黙って聞いていた。
「あの子、ずいぶん若くない?」
「二十四歳だ」
伊織は肩をすくめ、わざと軽く言う。
「十六歳差かあ……悪くないんじゃない?
忠相みたいな御曹司には、ちょうど釣り合うんじゃない」
忠相の目が、すっと細められた。
「……伊織」
その呼びかけには、ただの注意では済まされない圧があった。
「言っていいことと、そうでないことがある」
静かに抑え込まれた怒りが、はっきりと滲む。
伊織は背筋を強張らせ、唇を噛む。
挑発のつもりだった言葉が、逆鱗に触れたのだと悟った。
(……怖い。クズ男なんかじゃない。本気の目をしてる)
「さんざん女遊びしておいて……よくそんなことが言えるわね」
皮肉と怒りが滲む。
「“クズ男”も、そろそろ年貢の納め時なんじゃないかって言ってるのよ」
忠相は低く息を吐き、背もたれに身を預けた。
「……俺を、そういう目でしか見られないのか」
静かな声だが、底には苛立ちがある。
伊織は逸らさず睨み返す。
「自業自得でしょ。ホテルでのこと、忘れたわけじゃないでしょう?
それを使って、卑怯な手を私に使ったじゃない」
忠相の顔に、一瞬影が差す。
「あれは……」
言葉が、そこで詰まる。
伊織は身を乗り出し、追い詰めるように言った。
「何? 言いたいことがあるなら言いなさいよ。……だらしない」
張り詰めた沈黙。
忠相は視線を逸らさず、まっすぐ伊織を射抜いた。
「……あれは、お前にだけだ。伊織」
低く紡がれたその言葉に、伊織の胸が強く波打った。
しばらく、沈黙が落ちた。
時計の秒針の音さえ、やけに大きく響いているように感じられる。
やがて、忠相が低く口を開いた。
「……もういい」
視線を落とし、ひと呼吸置いてから、静かに続ける。
「とにかく俺は、好きでもない女と結婚はしたくない。
俺の立場からすれば、政略結婚が当たり前なのかもしれないが……それは、俺の望む結婚じゃない」
伊織は何も言わず、その言葉を受け止めた。
忠相はゆっくりと顔を上げる。
逃げもごまかしもない目で、まっすぐ伊織を見据えた。
「俺には、愛している女がいる」
一拍。
その間に、もう後戻りはできないとわかる。
「……ずっとだ。
俺がこれまで独身を貫いてきたのも、その女しか愛せないからだ」
低い声だったが、そこに揺らぎはなかった。
伊織は唇を引き結び、皮肉を帯びた笑みを浮かべる。
「だったら、私とこんな話をしていないで……
さっさとその女性を迎えに行ったらいいじゃない」
一瞬、間を置き、突き放すように続けた。
「……忠相らしくないわね」
忠相の目が、すっと細まる。
「俺らしいって……なんだ?」
低く響いたその問いは、
伊織の言葉ではなく、彼女の“逃げ”そのものを射抜く声だった。