クズ御曹司の執着愛
言葉は淡々としていた。
だが、その一つひとつが刃のように忠相の胸へ突き刺さる。

「……結局、伊織はサークルに居づらくなり、辞めざるを得なかった。
それが彼女にどれほどの辛さだったか――想像できるでしょう」

美咲は短く息を吐き、わずかな間を置いて言い切った。

「だから伊織は、成島にとって“沢口忠相から奪えなかった存在”そのものだった。
二十年経った今もなお、彼にとって伊織は“手に入らなかった唯一の女性”。
そして――“忠相が選ばれた証”でもある」

静かな断言が、場の空気を引き締める。

「つまり今回の件は、ただの怨恨じゃない。
伊織そのものが、成島の標的になっているのよ」



美咲はほんの一瞬だけ視線を揺らし、ためらいを押し隠すように口を開いた。

「……忠相。
この事実を知っても、あなたの伊織への気持ちは――変わらないわよね?」

その声には、確かめたい切実さが滲んでいた。

忠相は即座に首を振る。

「変わるわけがない」

迷いのない眼差しで、美咲を正面から見据える。

「伊織しかいないんです。俺の人生には」

美咲はわずかに目を見開き、やがて静かに瞼を伏せた。
忠相の誓いが、会長室の空気をわずかに揺らす。



沈黙を切り裂くように、颯真が口を開いた。

「成島純一郎は――いずれ、成島建設を追い出される」

空気がぴりりと張りつめる。

「国外だ。弟の誠二郎が正式な後継ぎになる。
この事実はまだ公表されていない。知っているのは、成島建設の社長と誠二郎だけだ」

静まり返った会長室に、颯真の声だけが重く落ちる。

忠相は目を細めた。

「……つまり、純一郎は居場所を失う」

「……だが、本人は気づいているはずだ」

颯真は低く続ける。

「だから佐藤に近づいた。
滝沢ホールディングスと成島建設――両方を巻き添えにして失脚させるために」

険しい表情で、頷く。

「失う者ほど、執着は激しくなる。
奴は最後の牙を剥くつもりだ」

真樹がグラスを置き、吐き捨てるように言った。

「まったく……佐藤信一にしても、成島純一郎にしても。
己を省みず、他人を恨むことしかできん、さもしい人間だ」

冷徹な経営者の声に、人としての軽蔑が混じる。

「家柄や肩書がどうであれ、心根が卑しければ――結局は自滅する」



重苦しい沈黙の中、美咲がそっと顔を上げた。

「……伊織が心配だわ」

先輩としての切実な思いが、声ににじむ。

「彼女は、自分の過去を誰にも知られたくなかった。
“あのこと”が明るみに出れば、忠相の立場まで揺るがす――
そう思い込んで、自分を追い詰めてしまうかもしれない」

言葉が落ちるたび、空気はさらに重くなる。
忠相は拳を握り、喉の奥に詰まるものを必死に抑えた。



その静寂を破ったのは、龍之介だった。

「……“あのこと”が、事実を歪められて――すでに週刊誌に出ている」

会長室の空気が、凍りつく。

颯真が鋭く目を見開き、
真樹は深く眉をひそめる。
美咲は唇を噛み、視線を落とした。

忠相の血の気が一気に引いた。

「……なに……?」

震える声で問う。

龍之介は視線を逸らし、続けた。

「記事にはこうある。
“伊織は学生時代、成島純一郎に無理やり迫り、関係を強要した。
以降も御曹司を渡り歩く、玉の輿狙いの計算高い女だ”」

氷のような沈黙が落ちた。

颯真の眉間に深い皺が刻まれ、
真樹は低く唸る。
美咲は悔しさに唇を強く噛みしめた。

忠相の拳が震える。

「……伊織を……そんなふうに……!」

怒りに震える声が、重苦しい空気を切り裂いた。
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