クズ御曹司の執着愛
午後。
在宅勤務の合間に、伊織は机に積まれた資料を片づけようとしていた。
そのとき、画面の隅に表示されたメールの見出しが、ふいに視界を刺す。
《スクープ:大物企業御曹司の婚約者に黒い噂》
心臓が跳ねた。
無意識のうちに、震える指で画面を開いていた。
そこに並んでいたのは、自分の名前を直接出さず、しかし誰のことかは明白な記事。
学生時代、
“成島建設の長男・成島純一郎に無理やり迫り、関係を強要した女”。
さらに、
“御曹司を渡り歩く玉の輿狙い”。
「……っ」
喉の奥が詰まり、息が止まる。
血の気が一気に引いていき、指先から力が抜けた。
スマホを取り落としそうになり、慌てて握り直す。
「どうして……どうして、こんな……」
二十年前の記憶が、容赦なく蘇る。
サークルを辞めざるを得なかった日。
孤独と羞恥に押し潰され、誰にも言えずに耐え続けた時間。
「これじゃ……忠相に……」
名前を口にした瞬間、涙が頬を伝った。
自分の存在が、彼の立場を傷つけてしまう。
記事を閉じようとしても、震える指は画面に触れない。
「……どうすればいいの……?」
答えのない問いが、静かな部屋に溶けていく。
否定すればするほど、
声を上げれば上げるほど、
自分がさらに汚れていくような恐怖。
心の中で、忠相の名を呼ぶ。
けれど同時に、彼の未来を壊してしまうという恐怖が、胸を締めつけた。
「……私さえ、いなければ」
零れた言葉に、伊織自身が凍りつく。
頭を振ろうとしても、涙で視界が歪んでいた。
その夜遅く。
玄関の扉が開き、忠相が紙袋を手に帰ってくる。
「ただいま」
軽く息を整えながら、テーブルに箱を置いた。
「お前が食べたいって言ってただろ。買ってきた」
伊織は思わず目を丸くする。
「……え。これって……」
箱を開けた瞬間、甘い香りがふわりと広がった。
ホールサイズの、丸ごとのティラミス。
「ちょ、忠相……!
普通はカップで十分でしょ。こんなの、どうするのよ」
呆れと驚きが混じった声が漏れる。
「どうするって……食べるに決まってるだろ。お前と一緒に」
あまりにも当然のような言い方に、胸の奥が熱くなる。
「……ほんと、そういうとこ……」
伊織はスプーンを手に取り、ひと口すくって口に運んだ。
甘さとほろ苦さが混じり合う濃厚な味に、思わず笑みがこぼれる。
「どうだ?」
「……おいしい。びっくりするくらい」
忠相はその横顔をしばらく見つめ、ふと問いかけた。
「……伊織、どうした?」
その声には、僅かな違和感も見逃さない鋭さがあった。
「え?」
伊織は慌てて視線を逸らす。
「な、何でもないわよ。ただ……量が多いから、食べきれるかなって」
「違うな」
短く言い切り、忠相は彼女の手にそっと触れた。
「すまない。
こんな状況に、お前を巻き込んでしまって」
伊織は首を振る。
「忠相のせいじゃない。でも……」
言葉が詰まる。
「でも?」
穏やかな声が、逃げ場を与えない。
伊織は唇を噛み、震えながら吐き出した。
「みんなに迷惑をかけているのに……私は何もできなくて。
それが、情けなくて……悔しくて……」
最後の言葉は、涙に溶けた。
忠相は何も言わず、彼女を引き寄せる。
肩に額が触れ、強い腕に包まれた瞬間、堰が切れた。
背中に回された手は、優しく、しかし逃がさない。
「伊織……俺が一緒にいる」
耳元に落ちた声は、深く静かに沁みていく。
「どんなことがあっても、離さない。
お前を一人にはしない」
伊織は忠相の胸に顔を埋め、震える声で呟いた。
「……ありがとう」
その言葉に、腕の力がさらに強まる。
まるで、世界を敵に回しても、この愛だけは守り抜くと誓うように。
「伊織……俺が一緒にいるから」
強い腕に抱かれても、涙は止まらなかった。
胸に伝わる忠相の鼓動だけが、かろうじて心を繋ぎとめてくれる。
――けれど。
(このまま、一緒にいてもいいの……?)
灯りが落ち、忠相の規則正しい寝息が聞こえても、伊織は目を閉じられなかった。
記事の言葉が何度も脳裏をよぎり、胸を締めつける。
彼を失いたくない。
それでも、自分の存在が彼の立場を傷つけるのなら――。
朝が来るまで、伊織は一度も深い眠りに落ちることができなかった。
在宅勤務の合間に、伊織は机に積まれた資料を片づけようとしていた。
そのとき、画面の隅に表示されたメールの見出しが、ふいに視界を刺す。
《スクープ:大物企業御曹司の婚約者に黒い噂》
心臓が跳ねた。
無意識のうちに、震える指で画面を開いていた。
そこに並んでいたのは、自分の名前を直接出さず、しかし誰のことかは明白な記事。
学生時代、
“成島建設の長男・成島純一郎に無理やり迫り、関係を強要した女”。
さらに、
“御曹司を渡り歩く玉の輿狙い”。
「……っ」
喉の奥が詰まり、息が止まる。
血の気が一気に引いていき、指先から力が抜けた。
スマホを取り落としそうになり、慌てて握り直す。
「どうして……どうして、こんな……」
二十年前の記憶が、容赦なく蘇る。
サークルを辞めざるを得なかった日。
孤独と羞恥に押し潰され、誰にも言えずに耐え続けた時間。
「これじゃ……忠相に……」
名前を口にした瞬間、涙が頬を伝った。
自分の存在が、彼の立場を傷つけてしまう。
記事を閉じようとしても、震える指は画面に触れない。
「……どうすればいいの……?」
答えのない問いが、静かな部屋に溶けていく。
否定すればするほど、
声を上げれば上げるほど、
自分がさらに汚れていくような恐怖。
心の中で、忠相の名を呼ぶ。
けれど同時に、彼の未来を壊してしまうという恐怖が、胸を締めつけた。
「……私さえ、いなければ」
零れた言葉に、伊織自身が凍りつく。
頭を振ろうとしても、涙で視界が歪んでいた。
その夜遅く。
玄関の扉が開き、忠相が紙袋を手に帰ってくる。
「ただいま」
軽く息を整えながら、テーブルに箱を置いた。
「お前が食べたいって言ってただろ。買ってきた」
伊織は思わず目を丸くする。
「……え。これって……」
箱を開けた瞬間、甘い香りがふわりと広がった。
ホールサイズの、丸ごとのティラミス。
「ちょ、忠相……!
普通はカップで十分でしょ。こんなの、どうするのよ」
呆れと驚きが混じった声が漏れる。
「どうするって……食べるに決まってるだろ。お前と一緒に」
あまりにも当然のような言い方に、胸の奥が熱くなる。
「……ほんと、そういうとこ……」
伊織はスプーンを手に取り、ひと口すくって口に運んだ。
甘さとほろ苦さが混じり合う濃厚な味に、思わず笑みがこぼれる。
「どうだ?」
「……おいしい。びっくりするくらい」
忠相はその横顔をしばらく見つめ、ふと問いかけた。
「……伊織、どうした?」
その声には、僅かな違和感も見逃さない鋭さがあった。
「え?」
伊織は慌てて視線を逸らす。
「な、何でもないわよ。ただ……量が多いから、食べきれるかなって」
「違うな」
短く言い切り、忠相は彼女の手にそっと触れた。
「すまない。
こんな状況に、お前を巻き込んでしまって」
伊織は首を振る。
「忠相のせいじゃない。でも……」
言葉が詰まる。
「でも?」
穏やかな声が、逃げ場を与えない。
伊織は唇を噛み、震えながら吐き出した。
「みんなに迷惑をかけているのに……私は何もできなくて。
それが、情けなくて……悔しくて……」
最後の言葉は、涙に溶けた。
忠相は何も言わず、彼女を引き寄せる。
肩に額が触れ、強い腕に包まれた瞬間、堰が切れた。
背中に回された手は、優しく、しかし逃がさない。
「伊織……俺が一緒にいる」
耳元に落ちた声は、深く静かに沁みていく。
「どんなことがあっても、離さない。
お前を一人にはしない」
伊織は忠相の胸に顔を埋め、震える声で呟いた。
「……ありがとう」
その言葉に、腕の力がさらに強まる。
まるで、世界を敵に回しても、この愛だけは守り抜くと誓うように。
「伊織……俺が一緒にいるから」
強い腕に抱かれても、涙は止まらなかった。
胸に伝わる忠相の鼓動だけが、かろうじて心を繋ぎとめてくれる。
――けれど。
(このまま、一緒にいてもいいの……?)
灯りが落ち、忠相の規則正しい寝息が聞こえても、伊織は目を閉じられなかった。
記事の言葉が何度も脳裏をよぎり、胸を締めつける。
彼を失いたくない。
それでも、自分の存在が彼の立場を傷つけるのなら――。
朝が来るまで、伊織は一度も深い眠りに落ちることができなかった。