いつか、桜の季節に 出逢えたら
通学に使っている電車で三駅。
高校と自宅の中間に流れる大きな川に、そのベンチはあるという。
財布の中にはいつも使っているはずの定期券が入っているけれど、やはり見覚えはない。
この電車にも、初めて乗ったとしか思えない。
正月三が日が終わり、社会人が仕事始めを迎えたため、平日昼間の電車は案外空いているものだ。
降りる駅が近付くと、車窓の外に幅の広い川が見えてきた。
私はなぜ、わざわざ寄り道をしてまで、この川に来たのだろう。
規則的に電車が奏でるリズムを聞きながら、ぼんやりと見つめていた。
駅から降りて、河川敷の方へ歩いて行く。
冬枯れの寒々しい木々が、道なりに並んでいる。
歩いたことのない道。
きっと初めて通るわけではないだろうこの道を、紫苑について歩く。
「すぐにわかったみたいだけど、この辺では有名な場所なの?」
紫苑が寂しげな木々を指差して言う。
「これは桜の木で、この辺は春になったら花見客で賑わうんだよ。犬のベンチっていうのが、毎年うちが花見をする場所の目印になってる」
「へぇ……じゃあ、我が家にとっては、思い出の場所なんだね」
「そういうことになるかな。六年前の初顔合わせが、ここの花見だったし」
「同居は、五年前じゃなかった?」
「親同士が再婚して同居し始めたのが、中学に上がる五年前というだけで、初顔合わせは六年前の小六な。何度か会って、家族としてやっていけるのか試してたんだろ。それでうまくいったから、中学から俺の苗字が変わったってわけ」
紫苑の吐く息が白い。
「……でも、仲悪くなったんだよね? 本当に心当たりはないの?」
「知らない。変わったのは、お前の方だろ……って、覚えてないだろうけど。お前がそんな感じだったから、昨年は花見をしてないよ」
「えっ、お花見したい! 今年は、みんなでお花見しようよ!」
家族でお花見だなんて、楽しみでしかないじゃない。
「え〜……面倒……ていうか、もう家族で花見って歳じゃないだろ……」
と言いつつ、実は満更でもないのではないかと、私は思っている。
春が来たら、なんとしてでもここに連れてきてやる。
「ほら、あれが犬の看板」
確かに、そこには犬が描かれた看板と、ベンチがあった。
歩道は整備されているけれど、それ以外は雑草が多い茂っている。
ベンチに座って、川の方を眺める。
「こんな寒い時期に、なぜ、ここにいたんだろう」
特に何があるわけでもなく、ただただ、静か。
犬の散歩やジョギングの人、目の前を通る誰かがいなければ、目の前に広がる川と自分しかいないみたい。
何か考え事をしたい時、ぼんやりしたい時には、良い場所なのかもしれない。
今日は真冬にしては暖かい方だと思ったけれど、長く外にいると、さすがに体の芯まで冷えてくる。
「紫苑くん、何か思い出せるかなと思ったけど、ダメだった。せっかく連れて来てくれたのに、収穫なしでごめんね」
「別にいいよ。ぼちぼち思い出したら」
河川敷から土手を駆け上がり、高い場所から遠くの川を見下ろす。
白い息が空中に拡散しては、すぐに消えていく。
「温かい飲み物でも飲も。おごるよ」
駅までの道すがら、自販機で買ったホットココアを飲みながら、今年のお花見はどうしようかなんて話しながら、これから先に訪れるであろう楽しいことに思いを馳せた。
電車内で隣に座る紫苑は、疲れていたのか俯いて、静かに目を閉じている。
面倒くさそうにするくせに、ちゃんとお願いをきいてくれるんだから。
優しい兄だよ、君は。
話すことはなくとも、とても暖かく、安心できる時間だった。
高校と自宅の中間に流れる大きな川に、そのベンチはあるという。
財布の中にはいつも使っているはずの定期券が入っているけれど、やはり見覚えはない。
この電車にも、初めて乗ったとしか思えない。
正月三が日が終わり、社会人が仕事始めを迎えたため、平日昼間の電車は案外空いているものだ。
降りる駅が近付くと、車窓の外に幅の広い川が見えてきた。
私はなぜ、わざわざ寄り道をしてまで、この川に来たのだろう。
規則的に電車が奏でるリズムを聞きながら、ぼんやりと見つめていた。
駅から降りて、河川敷の方へ歩いて行く。
冬枯れの寒々しい木々が、道なりに並んでいる。
歩いたことのない道。
きっと初めて通るわけではないだろうこの道を、紫苑について歩く。
「すぐにわかったみたいだけど、この辺では有名な場所なの?」
紫苑が寂しげな木々を指差して言う。
「これは桜の木で、この辺は春になったら花見客で賑わうんだよ。犬のベンチっていうのが、毎年うちが花見をする場所の目印になってる」
「へぇ……じゃあ、我が家にとっては、思い出の場所なんだね」
「そういうことになるかな。六年前の初顔合わせが、ここの花見だったし」
「同居は、五年前じゃなかった?」
「親同士が再婚して同居し始めたのが、中学に上がる五年前というだけで、初顔合わせは六年前の小六な。何度か会って、家族としてやっていけるのか試してたんだろ。それでうまくいったから、中学から俺の苗字が変わったってわけ」
紫苑の吐く息が白い。
「……でも、仲悪くなったんだよね? 本当に心当たりはないの?」
「知らない。変わったのは、お前の方だろ……って、覚えてないだろうけど。お前がそんな感じだったから、昨年は花見をしてないよ」
「えっ、お花見したい! 今年は、みんなでお花見しようよ!」
家族でお花見だなんて、楽しみでしかないじゃない。
「え〜……面倒……ていうか、もう家族で花見って歳じゃないだろ……」
と言いつつ、実は満更でもないのではないかと、私は思っている。
春が来たら、なんとしてでもここに連れてきてやる。
「ほら、あれが犬の看板」
確かに、そこには犬が描かれた看板と、ベンチがあった。
歩道は整備されているけれど、それ以外は雑草が多い茂っている。
ベンチに座って、川の方を眺める。
「こんな寒い時期に、なぜ、ここにいたんだろう」
特に何があるわけでもなく、ただただ、静か。
犬の散歩やジョギングの人、目の前を通る誰かがいなければ、目の前に広がる川と自分しかいないみたい。
何か考え事をしたい時、ぼんやりしたい時には、良い場所なのかもしれない。
今日は真冬にしては暖かい方だと思ったけれど、長く外にいると、さすがに体の芯まで冷えてくる。
「紫苑くん、何か思い出せるかなと思ったけど、ダメだった。せっかく連れて来てくれたのに、収穫なしでごめんね」
「別にいいよ。ぼちぼち思い出したら」
河川敷から土手を駆け上がり、高い場所から遠くの川を見下ろす。
白い息が空中に拡散しては、すぐに消えていく。
「温かい飲み物でも飲も。おごるよ」
駅までの道すがら、自販機で買ったホットココアを飲みながら、今年のお花見はどうしようかなんて話しながら、これから先に訪れるであろう楽しいことに思いを馳せた。
電車内で隣に座る紫苑は、疲れていたのか俯いて、静かに目を閉じている。
面倒くさそうにするくせに、ちゃんとお願いをきいてくれるんだから。
優しい兄だよ、君は。
話すことはなくとも、とても暖かく、安心できる時間だった。