いつか、桜の季節に 出逢えたら
ベッドに寝転びながらスマホをスクロールしていると、ドアのノック音が聞こえた。
また、お母さんだろうか。

「はい、どうぞ〜」

ドアが開くと、気の弱そうな、見知らぬ中年男性が顔を出した。

ーーだっ、誰っ!? 病院の人!?

急いで起き上がり、ベッドの上に正座する。


「絵梨花ちゃん、今日は、お父さんを連れてきました!」

男性の後ろから、ひょっこり母が顔を出す。

ーーいやいや、お母さんが先に入ってから紹介してくれないと。
と、文句の一つも言ってやろうかと思ったけれど、なんとなく言えなかった。

「お父さんが、やっと昨日で仕事納めでね。退院すれば会えるんだけど、早く絵梨花ちゃんに会わせてあげようと思って」

いつものように明るく笑う母の隣りで、私の父という男性は、まるで私に声をかけるのすら遠慮しているかのような、不安そうな表情で私を見つめている。

「あの……お父さんですか。すみません、ご心配をおかけしました」

ベットの上で正座をしながら、お辞儀をする。

「絵梨花……本当に……大丈夫なのか……」

目の前の、背の高い痩せ型の男性は、目に涙をためながら私を見つめている。

「はい、おかげさまで、今はとても元気です」

私は、父を心配させないように、にこっと笑ってみせる。

父は私に駆け寄り、私の手を取った。
その手は震えていた。

「絵梨花が病院に運ばれたと聞いて、どんなに心配したことか。母さんのように死んでしまったらどうすればいいかと……」

少し前に、現在の母に聞いたことを思い出す。

私の実母は体が弱く、私が小学生の頃に心臓病で亡くなったこと。
その遺伝なのか、私自身も生まれた時から体が弱く、真冬の川に入るなんてことをしたら、死んでしまってもおかしくなかったこと。

ーー実際、一度は死んでいるわけだけれども。

「心配かけて……ごめんなさい」

父の姿に、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「絵梨花が大変な時に、すぐに駆けつけられなくて、ごめんな」

父は、泣きながら私を抱きしめる。

「絵梨花ちゃん、お父さんはお仕事での出張が多くて、何日も家にいられないことがあるの。全国を飛び回っているから、あの日もすぐには戻って来られなくて。でも、絵梨花ちゃんが生き返ってくれたから、また会うことができた。生き返ってくれて、本当にありがとう」

母が目頭を押さえながら、震える声で言った。

私に、こんなに私のことを思ってくれる、温かい家庭があったのだな。
なぜだろう、こんなこと初めてだとしか思えないのに。

「こちらこそ、ありがとうございます」

自分を心配してくれる親心というものに、初めて触れた気がした。
いつの間にか、私の目からも涙がこぼれていた。

家族三人で泣いた。

そこには、優しい世界しかなかった。

約1週間の入院生活の後、ついに退院日が決まった。
大晦日である。
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