いつか、桜の季節に 出逢えたら

第５話 1月1日 初詣

元旦の朝。

「ね、初詣に連れて行ってくれない？」

家族でおせち料理を食べた後、兄と親睦を深めるべく、初詣に誘ってみた。

「……え、寒いの嫌なんだけど……」

兄は心底面倒くさそうだったが、私は諦めない。


「お願い。土地勘がないんだよ」

「……人混みとか、苦手」

それを見ていた母が、援護射撃を放つ。

「絵梨花ちゃんは場所がわからないし、知り合いに会った時に対応できないでしょう？　紫苑もたまには外に出なさい」

この一言が功を奏し、めでたく連れ出すことに成功した。


「ねぇ、お兄さん、あそこ何の店？」
「服とか、どこで買ってるの？」
「この辺に、美味しいスイーツのお店とかある？」

神社へ向かう道すがら、私は兄に質問を浴びせ続ける。

「……お前、本当に何も覚えてないの？　少しも？」

次々飛んでくる質問に答えながら、兄は早くもゲンナリしている。

ーーそれにしても。
記憶の欠片を集めたいのに、一個も見つからないのはなぜだろう。
私は、見覚えのない景色を見渡す。

「大抵のことは知ってるんだけど、自分周りのことだけすっぽり抜け落ちているみたいなんだよね。もはや、上書きしていくしかないというか……。上書きしているうちに、何か思い出さないかなって期待はしてるんだけど」

どこを見ても、知らない景色。
見知らない町に連れてこられた迷子のよう。
でも、悲観的になっても仕方がない。前に進むしかないのだ。

「だから、私の記憶を取り戻すために協力してね、お兄さん！」

兄に向かってニコッと笑って見せた。


「……その、お兄さんっていうの、やめてくれない？　なんか、むず痒い」

ーー確かに。
誕生日が早いから兄ということになっているけど、親同士が再婚していなければ、ただの同級生だから、「お兄さん」っていうのは変かもしれない。

「私は、あなたのことを何て呼んでいたの？」

「最初は普通に名前で呼んでたけど、突然、”君”って呼ぶようになったよね。上から目線で蔑すむように」

解せないという顔で、兄は答える。

「”君”？　なんで、”君”！？　名前どころか、兄ですらないって！　何か私に蔑まれるようなことしたの？」

想定外の返答に、思わず笑ってしまった。

「知らんわ」

「なんで？　そんなに仲が悪かったの？　私も”君”って呼んであげようか？」

ツボに入って笑いをこらえられない私に、兄は苦笑まじりに答える。

「いや……さすがに”君”は、俺の固有名詞じゃないし。正直、名前で呼んでもらった方が助かる。兄貴とかなら、まだ許すけど」

「じゃ、これからは、紫苑くんって呼ぶね」

笑いのツボから抜け出せないまま、兄の呼び方を決めた。

「……了解」

「でも、紫苑くんは、私のことを”お前”って言うよね？　名前で呼んでくれてもいいんだよ？」

「……気が向いたらな」


ーー紫苑の話によれば。
同居が始まって数年間は、特に仲が良いわけでも悪いわけでもなかった。
普通に暮らしていたのに、高校生になると急によそよそしくなった。
最近は口もきかなかったから、何を考えていたのかはわからない。
同時期に父母にも他人行儀になり、避けるようになったらしい。
反抗期ーーというものなのだろうか。