無敵なお嬢様はだまっていられない! 〜問題児な執事4人を、私がまとめてプロデュース!?〜
 ゲートをくぐってから、わずか五分。
 私の「三十分の壁」をこわすための最初のミッションは、嵐くんの指さす先にあった。
 
「よし、お嬢! まずはあの『真っ逆さまマシン』で、そのカチコチの頭をリセットだぜ!」
「……なっ!? ちょっと、あの鉄のかたまりを見なさい! あんな高いところまで持ち上げられて、一気に落ちるなんて……! 考えただけで心臓がもたないわ!」

 私が全力で止めるのも聞かず、嵐くんは私の腕をつかんで、絶叫マシンの列へと突進した。

「考えすぎなんだよ! ほら、夜一も来い!」
「……え。ボク、こういうの苦手で……あ、あああ……」

 夜一くんも引きずられるように並ばされる。
 一方でレオくんは、「風で髪が乱れるのは困るなぁ」とか言いながら、しっかり私の隣の席をキープしていた。

「お嬢様。怖いなら、僕の手を握ってもいいよ?」
「うるさい! そんな余裕ないわよ!」
「……すず。ほんとに無理なら、降りるか?」

 後ろから来た朔が、少しだけ心配そうにのぞきこんでくる。
 その瞬間――ガチャン!
 無情にも、安全バーが私の肩を固定した。

「……ま、待って! まだ心の準備が――!」
『――出発しまーす!』

 明るい声と同時に、マシンがすごいスピードで上にのぼっていく。
 どんどん小さくなる地面。広がる景色。

「……っ、だめ……! 来る、来るわ……!!」

 頂上で、一瞬だけ時間が止まって。
 次の瞬間――

「「「「うわあああああああ!!!」」」」

 視界が一気に下へ落ちる。
 風が顔にぶつかって、何も考えられなくなる。
 計算も。お父様のことも。2位のことも。
 全部、頭から吹き飛んだ。
 前では嵐くんが「最高だぜぇ!」って叫んでいて、夜一くんは魂が抜けたみたいな声を出している。
 私は気づいたら、隣のレオくんの手を、ぎゅっと強く握りしめていた。

 ……あ……空、青い……。
 きれい……最近、空を見てきれいと思ったこと、あったかしら。

 地上に戻ったとき、私の足はガクガクだった。
 でも――不思議。
 さっきまで頭の中に響いていた、お父様の冷たい声が、遠くのほうに消えていた。

「……お、お嬢……大丈夫か? 顔、真っ白だぞ」

 嵐くんがのぞきこんでくる。

「……当然よ。……今の衝撃で、頭の中が一回リセットされたみたいだもの。……でも」

 私は乱れた前髪をかき上げて、一歩踏み出す。

「……でも、悪くないわね。この感じ。……もう一回、別の乗り物も試してあげてもいいわよ」
「へへっ、言ったな! 次はあのぐるぐる回るやつだ!」

 気づけば――三十分なんて、とっくに過ぎていた。
 そのあともたくさんの絶叫マシンを乗り、フラフラになったあと。
 嵐くんがドヤ顔で持ってきたのは、顔くらい大きい食べ物だった。

「ほら、お嬢! 遊園地といえばこれだろ! チーズたっぷりホットドッグと、山盛りキャラメルポップコーン!」
「なっ……なにその見た目!? チーズ多すぎるし、ポップコーンもキャラメルがかかりすぎているわ! こんなの、どう考えてもカロリーオーバーよ! ……ただの“油と砂糖のかたまり”じゃない!」

 思わず一歩さがったけど。
 ふわっとただよってくるいい匂いに、お腹がキュウッと鳴った。

「……お嬢様。こういう体に悪そうなものほど、おいしく感じるようにできてるんです。……一緒に試してみませんか?」

 夜一くんが、すでに口のまわりにキャラメルをつけながら真顔で言う。

「……すず。一口でいいから食べてみなよ。……たまには、カロリーオーバーでもいいだろ」

 朔が差し出してきたホットドッグ。
 とろっとしたチーズが、夕日にきらっと光る。
 私は覚悟を決めて、おそるおそる、でもちょっと大きめにかぶりついた。

「…………っ!?」

 頭の中で、ピコーン!って音が鳴った気がした。
 とろけるチーズ。ジューシーなお肉。
 今まで食べてきた上品な料理とは、ぜんぜん違う。
 でも――

「……な、なにこれ……」
「……どうだ? お嬢」
「……バグよ。完全にバグ。……味のセンサーが、このジャンクな味に全部もっていかれたわ。……なにこれ、めちゃくちゃおいしいじゃない……!」

 気づいたら、私は夢中で二口目を食べていた。

「あはは! お嬢様、鼻にチーズついてるよ。……ほら、じっとして」

 レオくんが笑いながら、指で私の鼻をちょんと拭う。
 顔が近づいて――私は一気に顔が熱くなった。

「なっ……! じ、自分で拭けるわよ!」
「照れてる?」
「照れてない!」

 みんなの笑い声が広がる。

「……夜一くん! 次はあの細長いお菓子も必要よ! 味のちがいをちゃんと調べるわ!」
「……了解です。全種類、買ってきます」
「へへっ、お嬢が完全に楽しんでるじゃん!」

 気づけば私は、両手に食べ物を持って、みんなとベンチで笑っていた。
 マナーも。カロリーも。お父様のことも。
 今は全部――
 このベタベタで、甘くて、最高に幸せな時間にかき消されていた。

 お腹いっぱい食べたあと、私たちはオレンジ色に染まった広場を歩いていた。
 ふと見上げると、そこには空に届きそうなくらい大きな観覧車が、ゆっくり回っている。

「……あ。……これ」

 私の足が、自然と止まった。
 六歳の私が、あの日いちばん乗りたかったもの。
 でも、お父様にバレるのが怖くて、「もういい」って自分に言い聞かせて、あきらめたもの。
 あの大きな観覧車。

「……すず。まだ、乗ってないだろ」

 隣にいた朔が、私の見ている先を見ながら言った。

「ちょっと行ってくる」

 朔は、いつの間にかベンチで休んでいる嵐くんたちにそう声をかける。

「え、でも……みんなは?」
「あいつら、食べすぎて動けないってさ。……ほら、行くぞ」

 朔は軽くそう言って、私の手首をそっとつかんだ。
 気づけば、ゴンドラの中に二人きり。
 ガチャリ、とドアが閉まって、ゆっくりと地面が遠ざかっていく。

「……すごい……」

 思わず、窓に近づく。
 広がっていく景色。小さくなっていく人や建物。
 街の明かりが、キラキラ光って――まるで宝石みたいだった。

「……昔さ」

 朔の声が、静かに響く。

「父さんが、すずを連れ出したとき。『帰りたい』って泣き出したくせに、いざ帰るとき、名残惜しそうに観覧車見つめてたよな」
「……っ。……覚えてないわよ、そんなこと」

 私はそっぽを向く。

「そんな恥ずかしい記憶、残してないもの」
「嘘つけ。……今も、同じ顔してる」

 朔が少しだけ笑った。
 その顔が、なんだかやけに優しくて――胸がぎゅっとなる。

「……ごめん」

 ぽつり、と朔が言う。

「俺があのとき、もっと強引に連れてってれば……後悔させなかったかもしれないのに」
「違うわ」
 
 私はゆっくり首を振る。

「怖かったのは、私。……お父様の期待を裏切るのが、怖かったの。一番じゃない自分になるのが、怖かった」

 観覧車は、ちょうどいちばん高いところへ。
 空と街の境目が、やわらかく混ざっていく。

「……でも、今は違う」

 私は少しだけ胸を張った。

「だって、私の後ろには――あんな無茶する執事たちがいるんだもの。
 警備を突破して部屋に来るなんて、普通じゃありえないわ。……でも、ああいうの、嫌いじゃない」

 朔はふっと笑って、外を見た。

「……なら、これからは我慢するな。すずが行きたいなら、どこでも連れてく。……執事として、な」

 夕日に照らされた横顔は、いつもの気だるげさはなくて、少し大人に見えた。
 私の知ってる幼なじみの顔じゃなくて――私の心臓が、大きく跳ねた。

 ……なにこれ……。
 さっきの絶叫マシンより、よっぽど危険なんだけど……。

 ゆっくりと地上に戻っていくゴンドラの中で。
 暴れる心臓を抑えるのに必死だった。
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