無敵なお嬢様はだまっていられない! 〜問題児な執事4人を、私がまとめてプロデュース!?〜
 帰りの電車の中。
 私たちは、心地いい疲れに包まれていた。
 嵐くんは座席で口を開けてぐっすり眠り、レオくん今日撮った写真を見返しながら、自分の写りを確認している。
 夜一くんはキャラクターのお菓子のお土産を眺め、私の隣では朔が腕を組んで目を閉じていた。

 ……三十分どころか、六時間も過ぎちゃったわ。

 窓ガラスに映る自分を見る。
 頭には、まだピンクのクマ耳カチューシャ。
 いつもなら「こんなのありえない」って外してるはずなのに。
 今は――なぜか、ちょっと気に入ってる自分がいた。
 
 駅から学園までの帰り道。
 夜風が、ほてった頬に気持ちいい。
 でも――令嬢寮の門が見えた、その瞬間。

「……っ」

 私の足が、ピタッと止まった。
 そこにあったのは――黒くて、大きな高級車。
 まるで、逃げ場をふさぐみたいに、静かに止まっている。
 そしてその横に立っているのは、背の高い一人の影。
 きっちりと整えられたスーツ。まっすぐすぎる姿勢。
 近づくだけで、空気が冷たくなるような存在感。

「……お、お父様……」

 声が、うまく出ない。
 電話のときよりも、ずっと怖い。
 本気で怒っているときの、あの空気。

「……2位に落ちたというのに」

 低く、静かな声が響く。

「ずいぶん長く、この連中と遊んでいたようだな、すず」

 その視線が、ゆっくりと私に向く。
 そして、私の頭の上で止まった。
 クマ耳カチューシャ。

「……あ……」

 外そうとするけど、指が震えて動かない。

「……これだけ質の低い者たちと一緒にいれば、お前まで鈍るのも当然か。……失望したぞ」

 その一言が、胸に重く落ちた。
 お父様が、一歩こちらに近づく。
 その瞬間――後ろにいた嵐くんたちの空気が、ピンと張りつめるのが分かった。
 ……これが、現実。
 楽しかった1日。さっきまでの笑い声が、遠くに消えていくようだった。

 私が計算できなかった、たった一つのこと。
 ――この人からは、逃げられない。
 お父様の冷たい視線が、ナイフみたいに私に突き刺さる。

「……無能なゴミどもを連れて、夜遊びか。雪城の名に泥を塗るのも、いい加減にしろ」

 怖くて声が出ない。
 うつむきかけた、そのときだった。
 私の肩を、大きな手がポン、と強く叩いた。

「――おい、おっさん。さっきからゴミゴミうるせぇんだよ!」

 嵐くんが、私の前に飛び出した。
 お父様の鋭い視線をまっすぐ受け止めて、いつもの強気な笑みを浮かべる。

「お嬢が2位になったのは、俺たちがまだ弱ぇからだ。それは認める。……でもな!」

 一歩、踏み出す。

「お嬢が今日、あんなに笑ってたのは、俺たちが本気で笑わせたからだ! それをゴミって言うなら……この俺が許さねぇ!」
「……嵐くん、少し落ち着いてください。……ですが、お父様」

 次に前に出たのは、夜一くんだった。
 少し震えてる。でも、その目はまっすぐで、強い。

「僕のデータでは、お嬢様の今日のパフォーマンスは過去最高です。……『完璧じゃなきゃいけない』っていう状態から少し外れたことで、むしろ能力は上がっている」

 夜一くんの声は、いつもの数倍力強かった。

「それを止める考え方は……効率が悪いです」

「ふふ、二人とも熱いね。……でもお父様、少し古いやり方じゃありませんか?」

 レオくんが、優雅に私の隣へ来て、そっと肩を抱き寄せた。
 あの鋭い視線を、軽く受け流すように笑っている。

「恐怖で縛るのは、三流です。……僕たちは違う」

 レオくんは、私の方を一瞬だけ見て、やわらかく笑った。

「お嬢様に『好きだ』って思ってもらえることで、強くなる道を選びました。……雪城の名前より、僕たちはこの人の笑顔を守りたい」

 三人の言葉が、少しずつ、私の心の氷をとかしていく。
 そして――。
 最後に、静かに前へ出たのは、朔だった。

「……雪城の家には、昔から世話になってるのは、分かってる」

 低い声。でも、迷いはない。

「……でも」

 お父様の目の前まで歩いていく。

「すずを『雪城のための道具』にするのは、もう終わりにしてほしい」

 一瞬、空気が張りつめる。

「すずは、俺たちの主だ。……あんたの操り人形じゃない」
「……貴様ら、本気で言っているのか」

 お父様の声が、さらに低くなる。

「……その態度、ただで済むと思うな」

 けれど。
 私の前には、四人の背中が並んでいた。
 怖いはずなのに。
 その背中を見ていると、不思議と足が動く。

「……お父様」

 私は、一歩前に出た。
 四人の間から、まっすぐにお父様を見る。

「……私の計算、少し変わりました」

 震えている。でも、止まらない。

「私はもう、一人で1位を取る必要なんてありません」

 ぎゅっと拳を握る。

「この四人と一緒に――」

 顔を上げる。

「お父様が見たこともない『答え』を、出してみせますわ!」

 お父様は、しばらく鋭い目線を私たちに向けたあと、呆れたようなため息をついた。
 そして、「……今度のパーティーで確認してやる」とだけ言い残し、お父様を乗せた黒塗りの車が、夜の闇に消えていった。
 赤いテールランプが見えなくなった、その瞬間。
 それまでピンと張りつめていた空気が、一気にほどけた。

「……はぁぁぁぁ、マジで死ぬかと思った……。あの親父さん、目つきヤバすぎだろ……」

 嵐くんがその場にへたりこんで、大きく息を吐いた。

「……ボクもです。……心拍数、たぶん限界でした。……あんなに大きな声、初めて出しました……」

 夜一くんが、震えながら前髪で目を隠した。

「ふふ、僕も正直ヒヤヒヤしてたよ。……でも」

 レオくんが、いつものやわらかい笑顔に戻りながら言う。

「お嬢様のあんなにかっこいい姿が見られたなら、全部チャラかな」

 その言葉に、胸の奥がじんわり熱くなる。
 気づけば、指先はまだ少し震えていた。
 でも、それ以上に――胸の中があたたかい。

「……みんな。……ごめんなさい」

 自然と、言葉がこぼれる。

「私のせいで、こんな危ないことに巻き込んで……」

 うつむきかけた、そのとき。
 ぽん、と頭に手が乗った。
 朔だ。

「……謝んな」

 短いけど、まっすぐな声。

「お前が言い返したとき、あの人、一瞬止まったじゃん。……あれで十分だ」
「……朔」
「……それにさ」

 少しだけ笑う。

「ゴミとか無能とか言われて、黙ってるほど、俺たち弱くない。……誰に鍛えられたと思ってるんだよ」

 その一言に、嵐くんが勢いよく顔を上げた。

「そうそう! 俺たち、お嬢様の“最高傑作”なんだろ?」

 ニッと笑う。

「だったらさ、誰に何言われても関係ねーよな!」
「……はい」

 夜一くんも、小さくうなずいた。

「……お嬢様の中には、もうボクたちがいます。……簡単に消えたりしません」

 その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。
 見上げると、夜空には星が広がっていた。
 お父様が言う「完璧」とは、きっと違う。
 ムダも多いし、うるさいし、全然きれいじゃない。
 でも。……それでも。
 これが、私の出した答えだわ。
 私はふっと笑って、くるりとみんなの方を振り返った。

「……よし! じゃあ決まりね!」
「え?」
「明日から特訓、倍にするわよ!」
「「「「えええええーーーっ!?」」」」
「お父様に言った通りよ。次は圧倒的に勝つの。椿さんを完璧に追い抜くわ!」

 ぎゃーぎゃー騒ぐ声が、静かな寮の前に響く。
 その光景がおかしくて、私は少しだけ笑った。
 あの日、止まってしまった三十分。
 でも今は――もっとにぎやかで、もっと楽しい時間が、ちゃんと動き出している。
 私はその未来を、しっかりつかむように、夜空を見上げた。
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