無敵なお嬢様はだまっていられない! 〜問題児な執事4人を、私がまとめてプロデュース!?〜
 特訓が終わり、嵐くんたちが寮へ戻ったあと。
 私は忘れ物を取りに行くふりをして、
 もう一度、夜のガーデンへ向かった。
 しんと静まり返った噴水広場。
 月の光に照らされた中で、一人だけ明かりが浮かんでいる。
 タブレットの光に顔を青く照らされている、その人影は――

「……ここ、入退場のタイミングがまだズレてる……。先代なら、ここで少し待って……。俺の判断、まだ甘い……もう一回……」

 朔だった。
 誰もいない空間に向かって、小さな声で指示を出し続けている。
 その背中は、昼間よりずっと小さく見えた。
 今にも、夜の暗さに飲みこまれてしまいそうなくらい。

「……無理なやり方よ、朔。そんなに頭を使い続けたら、壊れちゃうわ」

 私が声をかけると、朔はビクッと肩を揺らした。

「……すず。……まだ起きてたんだ」
「……あなたの状態、最近ずっとおかしいの。そんなの見てたら、眠れるわけないでしょ。……見せて」

 私はそのまま、朔のタブレットを取り上げた。
 画面には、何度も見直されたメモと、うまくいかなかったパターンの記録が、ぎっしり並んでいた。

「……父さんは、完璧だったんだ」

 朔がぽつりとつぶやく。

「……すずの父さん認めた、すごい執事だ。……どんな状況でも、絶対にミスをしなかった」

 たしかに、朔のお父さんはすごい。
 細やかなところまで気が回るし、優しくて思いやりがある。
 でも、だからって――。

 ぎゅっと、拳を握る音がした。

「……俺も、そのレベルにならなきゃいけないんだ」

 その声は、低くて、少しだけ震えていた。

「すずを退学させないためにも……嵐も、夜一も、レオも……全員まとめて守れるのは、“司令塔”の俺しかいない」
「……」
「誰か一人でもミスしたら、全部終わりだ。……だったら、俺が完璧になるしかないだろ」

 顔は上げているのに、その目はどこか遠くを見ていた。

「……あいつら、今はすごくいい動きしてる。……すずの特訓で、ちゃんと“使える駒”になってきた」

 一瞬だけ言いよどむ。

「……だからこそ、余計に思うんだよ。ここで俺がミスったら、全部台無しになるって」

 その言葉は、責任だけじゃなくて――“怖さ”に近かった。

「……すずが笑ってる顔も、あいつらが必死に頑張ってるのも……全部、俺の指示一つで壊れるかもしれない。……そんなの、絶対に許せねない」

 ぎり、と歯を食いしばる。

「……だから、間違えないように、正解だけを選ばなきゃ」

 その声は、はっきりしているのに、どこか追い詰められているようだった。
 いつも気だるげで、何を考えているかよくわからなくて。
 そんな朔が、こんなにもみんなのことを――そして私のことを思ってくれてたなんて。
 意外で驚いたけど、でもなんだかうれしい。
 私は少し頬をゆるめた。
 
「……バカね、朔」

 私は、はっきりと言った。

「大きな勘違いしてるわ」

 朔の目が、わずかに揺れる。

「私は、先代と同じ人なんていらないの」

 私は、ゆっくりと言葉を重ねる。

「完璧で、ミスをしなくて、全部正解を出せる人なんて……そんなの、ただのコピーでしょ?」
「……」
「そんな人に、私は守られたくない」

 朔の手を、ぎゅっと握る。

「私がほしいのは――私の隣で、一緒に悩んで、一緒に考えてくれる朔よ」

 まっすぐ、目を見て言う。

「間違えてもいい。遠回りしてもいい。
 でも、そのときに出した“あなたの答え”は、ちゃんと意味があるの」

 私は、少しだけ微笑んだ。

「だって、私たちのことを一番近くで見てきたのは、あなたでしょ?」
「……」
「私が気づかないことに気づいて、私が見えないところを見てくれるのは――先代じゃなくて、あなただもの」

 静かな夜の中で、言葉がゆっくり落ちていく。

「嵐くんも、夜一くんも、レオくんも。“完璧な指示”なんて求めてない」

 少しだけ、強く言い切る。

「あなたの言葉で動きたいのよ」
「……俺の、言葉……」
「そう」

 私はうなずく。

「どんなに不器用でもいい。少しくらい迷ってもいい」
「……」
「でも、“朔が決めた”ってわかる指示だから、みんなついていくの」

 少しだけ、声がやわらぐ。

「それが……信頼っていうものよ」

 そして、少しだけいたずらっぽく笑った。

「だから、もう“完璧な誰か”になろうとしなくていい。
 その代わり――ちゃんと“あなた”でいて」
 
 しばらくの沈黙。
 そして――

「……はは」

 朔が、小さく笑った。

「……すずにここまで言われるなんて。司令塔、失格だな」

 でもその顔は、さっきまでとは違っていた。
 少しだけ、力が抜けていて。
 ちゃんと“朔”の顔に戻っていた。

「……わかった」

 朔が、私の手を握り返す。

「もう、親父の真似はやめる」
「ええ」
「俺は俺のやり方で、みんなを勝たせる」

 その言葉は、はっきりしていて、迷いがなかった。
 その瞬間――
 バラバラだった何かが、ぴたりと合わさった気がした。
 みんなで作ってきたものが、やっと一つになる準備を始めたみたいに。

「よしっ! そうと決まれば、明日から朔の特別特訓も始めるわよ!」

 私が元気よく宣言すると、朔は「……また、とんでもないこと思いついたの?」と、気だるそうに前髪をかき上げた。
 その声はいつも通り落ち着いているけれど、少しだけ楽しそうな色も混じっている。

「……で、今度は何をさせる気? まさか、滝に打たれるとか言わないよな」

「ふふ、そんな根性論はやらないわ。もっと実戦向きよ。
 名付けて――『目隠し障害物レース・ティータイム』!」

 私がタブレットの画面を見せると、朔はわかりやすく眉をひそめた。

「……目隠しした三人に紅茶を持たせて、障害物コースを進ませる……。
 しかも、それを全部、俺の指示だけで動かすってことか」
「そういうこと。
 本番の会場は、想定外のことだらけになるわ。誰かがグラスを落とすかもしれないし、ゲストが急に動きを変えるかもしれない。――それを全部未然に防いで、なかったことにするのが“司令塔”の役目よ」

 そこまで言ってから、私は少しだけ声をやわらかくした。

「……でもね、朔。この特訓で一番大事なのは、“正確さ”だけじゃないわ」
「……?」
「目が見えない状態で、仲間は“あなたの声”だけを頼りに動くの。
 だから――誰よりも、仲間のことを考えてあげて」

 朔の目が、少しだけ細くなる。

「もし指示が遅れたら、嵐くんは転ぶかもしれない。
 夜一くんはぶつかるかもしれないし、レオくんの服が紅茶で汚れるかもしれない」

 私は一歩、朔に近づいた。

「でも逆に――
 “この人の声なら大丈夫”って思えたら、みんなは迷わず動ける」
「……」
「“この人なら絶対に守ってくれる”って思わせること。
 それができて、はじめて“最強の指示”になるのよ」

 しばらくの間、朔は何も言わずにタブレットを見つめていた。
 でも、その視線はさっきまでとは違って、どこかやわらかい。
 やがて、小さく息を吐く。

「……なるほどな」

 ほんの少しだけ、口元がゆるむ。

「ただ正解をなぞるんじゃなくて――
 俺の言葉で、あいつらを動かせってことか」
「そういうことよ」

 朔は肩の力を抜いて、軽く首を回した。

「……いいよ。やってやる。
 あいつらが転ばないように見るのも、司令塔の仕事だしな」

 ぶっきらぼうだけど、ちゃんと前を向いた声だった。

「ただし――」
「?」
「あんまり無茶させるなよ。
 本番前に全員ダウンしたら、元も子もないからな」
「ふふ、それも計算済みよ」

 私が胸を張ると、朔はあきれたように笑った。

「……ほんと、容赦ないな」

 でもその目は、もう迷っていない。

「期待してるわ、朔。
 あなたの“声”が、どこまで届くのか――ちゃんと見せてもらうわね」
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