きみと、まるはだかの恋
「あの、滝川社長」

 後ろから声をかけると、頭にはちまきを巻きつけた滝川社長が「ああ?」とこちらを振り返った。ぞんざいな返事に聞こえるが、彼はいつも誰に対してもこうなのだ。だから、私はひるむことなく「Wi-Fiの工事なのですが」と話を切り出した。

「まだ工事はされていませんよね? いつされる予定でしょうか」

 思い切ってそう尋ねると、滝川社長はばつが悪そうに眉根を寄せた。

「ああ、Wi-Fiか。その件だが、今のところ設置の予定はないぞ」

「え?」

 返ってきた返事に耳を疑う。これには少し離れたところから私を見守っていた昴も近づいてきて、「どういうことですか?」と滝川社長に訊いた。

「この村にWi-Fiなんてものはいらん。みんな、自然の中で慎ましく暮らしているんだ。それを、都会のようにデジタルだのなんだのと騒ぎ立てるようなことはしたくない」

 固い声で持論を展開する滝川さんに、私も昴もさすがに納得することができない。

「ちょっと待ってください! Wi-Fiを設置することも、このカフェのコンセプトも最初にお伝えしたはずですよね? どうして今更そんなことを……」

「俺は、星見里で唯一の工務店の社長として、星見里にふさわしくない建築はできないんだ。星見里は自然に囲まれた豊かな大地と星空を楽しむ場所だ。現地に来て、身体全部で自然を感じるところだ。デジタルに汚染されてちゃいかん」
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