きみと、まるはだかの恋
「俺さ」

 ふと昴がつぶやく。まだ目は開けられない。彼の言葉を、静かな気持ちで聞いていたかった。

「ここでの生活が、すごく好きなんだ。確かに不便なことは多い。スマホは繋がらないことがほとんどだし、人付き合いもしないといけないから大変でさ。だけど……自然の中で暮らしてると、生きてるんだって実感が湧く」

 彼が、どれだけ今の私と違う価値観の中で息をしているのか、この胸で真正面から受け止める。

「でも同時に、東京で生きてきた人生だって、否定したくはないんだ。特に高校時代……俺、後悔してることがあってさ。その時の気持ちを忘れないように、色褪せちまわないように、本当はこの場所からずっと、波奈のこと考えてた」

 とくり、とくり、と心臓の音が大きく速くなっていく。
 昴の口から漏れ出た本音は、カチコチに固まっていた私の胸をゆっくりとやわらかに溶かしていく。

「だから俺も、久しぶりに再会した波奈が自分と百八十度違う世界で生きてることを知って、ちょっと焦ったというか、寂しかったのかも。俺のほうが特異な生活をしてるって自覚はあったんだけどな。仕事のこと馬鹿にするような発言して、本当にごめん。俺は高校時代、本当は波奈のこと……その」

 昴の顔が、少しずつ赤く染まっていく。ぽりぽりと鼻の頭を掻いている彼が、次の言葉に詰まる。
 高校時代、何があったんだろう。
 私の知っている昴は高校三年生になるときに後輩のまなかと付き合い出して、普通に幸せそうにしていた。その後の昴とは卒業まで友達付き合いを続けてそれっきりだった。
 昴が私に友情以上の感情を抱いていたなんて想像もしていない。……そのはずだったのに。
 さっきの彼の言葉がずっと頭の中でこだまする。
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