きみと、まるはだかの恋
“この場所からずっと、波奈のこと考えてた”。

 ねえ、それってどういうこと?
 この場で聞いてしまいたい。だけど、聞けない私はきっと臆病者だ。
 昴も昴で、やはり言葉を紡ぐのをためらっている様子で「いや、なんでもない」と赤面したまま口を閉ざした。二人の間を一陣の風が吹き抜ける。もうこれで、昴とはお別れなのかも——そう考えていたところで、昴が「あのさ」と再び口を開いた。

「波奈さえよければ、しばらくここでその……一緒に、暮らしてみないか?」

 きっと、今朝までの私ならここで「え!?」と素っ頓狂な声を上げていただろう。
 だけど、今の私は彼の突飛な提案にじっくりと耳を傾けていた。

「波奈、やっぱり都会での生活がしんどいって言うし、自然の中で暮らして、気持ちをリフレッシュさせてさ。宿泊代は、今日みたいに畑仕事手伝ってくれたらそれでいいから。……仕事はちょっと休んでもらうしかないけど」

 昴の口から紡ぎ出されるのは現実離れした話のはずなのに、「仕事、どうやって休もうかな」と現実的な対応をすでに考えている自分がいた。
 フリーのインフルエンサーなんだから、別にいつだって休むことはできるのだ。
 ただ今までの自分が、誰に強制されるわけでもなく働き続けていただけ。
 そう考えると、ひとりで頑張って、空回りしていた自分自身が馬鹿みたいだと思えた。

「……うん。じゃあ、お言葉に甘えてしばらく厄介になろうかな」

 昴の家にまた泊まることになるなんて、やっぱりどこかネジが外れた現実にしか思えない。だけど、隣でふっとやさしく微笑んだ昴が、心底嬉しそうだから、こんな破天荒な選択もありかなと思ってしまった。

「よし! そうと決まればほら、一緒に帰ろう。腹減っただろ?」

「う、うん」

 差し出された手をおずおずと握りしめる。
 私はたぶんもう、彼のそばから離れられない病気なのだ。
 秋晴れの空の下、私たちが歩いていく足音が二つ、重なっては離れ、また重なって、二人の心の距離が揺れているようだった。
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