純愛初夜、次期当主は初恋妻を一途な独占愛で貫きたい。
第9章 求婚の瞬間



 リビングに、ようやく静寂が戻った。
 佑さんが玄関を出て行った後のドアの閉まる音が、いつもより少し大きく響き渡る。

 朝の光が窓から差し込み、薄いレースのカーテンを通して部屋全体を柔らかく包み込んでいる。その光を受けて、花暖の着ている淡いブルーのフレアワンピースが、ほんのりと輝きを帯びた。肩口や裾のひだに光が揺れ、彼女がまるで透明な水面の上に座っているように見える。

 ソファに腰掛けたままの花暖は、両手でラピスラズリのストラップを握りしめていた。小さな手が強張り、震えている。瞳はまだ遠くを見つめ、頬には涙の痕が残る。
 あの瞬間、どれほど衝撃を受けたのか。彼女の沈黙と震えが、雄弁に物語っていた。


「花暖ちゃん、大丈夫か?」


 我ながら声が荒い。胸の奥にある焦りが、抑えきれずに滲み出たのだろう。

 けれど彼女はゆっくりと顔を上げ、かすかに笑みを浮かべた。


「うん……ちょっと、びっくりしただけ。千暁さま、ありがとう。そばにいてくれて」


 その言葉が、鋭く胸を突いた。
 ――そばにいる。
 昔、庭でスミレを摘んだあの日も、そう思っていた。花暖を守る、そばにいるって。けれど彼女が清澄家を出てから、俺たちは離れてしまった。もう二度と、同じ後悔をしたくない。



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