失恋するまでの10日間〜妹姫が恋したのは、姉姫に剣を捧げた騎士でした〜
ユリウス3
「大学の受験要件のひとつに年齢制限があるのだ。二十歳までしか受験できないことになっている。スチュアートはもう十八だ。加えてこの二年の闘病生活中、勉強などする時間も気力もなかった。あと二回の受験のチャンスをおそらくモノにできないだろう。大学の入学試験はそう甘いものではない」
「それなら、何も大学にこだわらなくてもいいのではないですか。当主となる者が必ずしも大学を卒業していなければならない規則もないでしょう。家は兄上が継いで、大学は駄目だったら諦めればいい。もちろん僕も」
兄も自分が挑戦して不合格なら諦めもつくだろう。少なくとも、自分が持っていた権利を弟に譲らなければならないことで気落ちする事象は解消される。兄の心情を慮るなら自分も進学などしない方がいい。ユリウス自身は大学になんのこだわりもないのだから。
だが父は渋面を作った。
「今のスチュアートに必要なのは進学ではなく静養だ。せっかく助かった命を、これ以上疎かにさせたくないのだ」
父が誰のことを思って発言しているのか、ユリウスはすぐに思い当たった。彼の母もまた兄と同じ病を得て、闘病の末亡くなった。ユリウスは幼かったため記憶が希薄だが、父は妻の死という痛みを未だ乗り越えられていないのだろう。
「それに……おまえにかなりの負担をかけてしまう話で申し訳ないのだが、我が家は現在かなりの額の借金を背負ってしまっている。おまえの母の治療代にかかった費用もまだ返済しきれていなかったところに、スチュアートの新薬のためにかなりの額を使ってしまった。本当は大学の学費も苦しいところなのだがね」
それでも費用を投じて進学した方がいい理由は、大学卒として採用される職種の給金の良さだった。卒業した者とそうでない者では天と地ほどの差がある。
「おまえの代に借金を受け継がせることになってしまって本当に申し訳なく思う。進学が贖罪になるとは思わないが、それでも大卒の資格と未来の爵位は、邪魔なものにはならないはずだ。奇跡的にスチュアートが進学できたとしても、借金を返済するのはひとりでは不可能だ。どのみちおまえの手を煩わせることになるのだったら、最初からおまえに渡してやりたい」
そう言って父はユリウスに頭を下げた。
「大学の入学資格の年齢制限に上限はあるが下限はない。優秀なおまえのことだ。今から勉強したとして、遅くとも再来年には合格できそうだし、最短の卒業も夢ではないだろう。晴れがましい未来を用意してやれなくてすまない。どうか家のために頷いてはくれないか」
大学の在学期間は成績によって異なる。最短五年で卒業できるのは学年にひとりいるかどうか。多くの者が七、八年で卒業となり、十年を越えると退学となる。入学の年齢の下限はなく、過去の最年少入学者は十四歳だった。
自分は今十五だ。再来年入学となれば十七歳。卒業に七年かかったとして、その頃二十四歳。
兄と妹の年齢を考えて、ユリウスは思案した。
「ローラの持参金は工面できそうなのですか」
妹の名をあげたのは、彼女の適齢期を思ってのことだ。まだ十三歳だが、あと三年もすれば口約束となっている婚約や結婚の話も動き出すことだろう。
父は痛いところを突かれたように眉をぴくりと動かした。
「今の状況では難しいだろうな。子爵家とうちの仲だ。しばらくは婚約のみとして、結婚は待ってもらうようにすればあるいは」
向こうの嫡男はユリウスと同い年だった。女性と違って男性の適齢期は長い。多少待たせても問題はないだろう。
とはいえユリウスの方ものんびり構えているわけにはいかないと悟った。再来年と言わず来年に試験を突破し、最短の五年卒業を目指す。自分はその頃二十一で妹は十九。嫁入りするのに遅すぎる年でもない。兄の卒業を待って家を出るという言い訳も十分立つ。
その間に兄スチュアートには気候の良いところで静養してもらう。六年あれば立ち直るに十分だろうか。ユリウスは王都で職を見つけ、後継の座を兄に返却し、実家の借金返済の手助けを申し出る。父はああ言っていたが、兄が元気になれば考えを変える可能性はある。
「わかりました。僕が大学に進みます」
このときはただの一時凌ぎの方策だとユリウス自身も思っていた。兄のことも家の借財のことも、時間が経てば解決するのだろうと。
だが自分の考えが甘かったことを、一年後に知ることになる。
「それなら、何も大学にこだわらなくてもいいのではないですか。当主となる者が必ずしも大学を卒業していなければならない規則もないでしょう。家は兄上が継いで、大学は駄目だったら諦めればいい。もちろん僕も」
兄も自分が挑戦して不合格なら諦めもつくだろう。少なくとも、自分が持っていた権利を弟に譲らなければならないことで気落ちする事象は解消される。兄の心情を慮るなら自分も進学などしない方がいい。ユリウス自身は大学になんのこだわりもないのだから。
だが父は渋面を作った。
「今のスチュアートに必要なのは進学ではなく静養だ。せっかく助かった命を、これ以上疎かにさせたくないのだ」
父が誰のことを思って発言しているのか、ユリウスはすぐに思い当たった。彼の母もまた兄と同じ病を得て、闘病の末亡くなった。ユリウスは幼かったため記憶が希薄だが、父は妻の死という痛みを未だ乗り越えられていないのだろう。
「それに……おまえにかなりの負担をかけてしまう話で申し訳ないのだが、我が家は現在かなりの額の借金を背負ってしまっている。おまえの母の治療代にかかった費用もまだ返済しきれていなかったところに、スチュアートの新薬のためにかなりの額を使ってしまった。本当は大学の学費も苦しいところなのだがね」
それでも費用を投じて進学した方がいい理由は、大学卒として採用される職種の給金の良さだった。卒業した者とそうでない者では天と地ほどの差がある。
「おまえの代に借金を受け継がせることになってしまって本当に申し訳なく思う。進学が贖罪になるとは思わないが、それでも大卒の資格と未来の爵位は、邪魔なものにはならないはずだ。奇跡的にスチュアートが進学できたとしても、借金を返済するのはひとりでは不可能だ。どのみちおまえの手を煩わせることになるのだったら、最初からおまえに渡してやりたい」
そう言って父はユリウスに頭を下げた。
「大学の入学資格の年齢制限に上限はあるが下限はない。優秀なおまえのことだ。今から勉強したとして、遅くとも再来年には合格できそうだし、最短の卒業も夢ではないだろう。晴れがましい未来を用意してやれなくてすまない。どうか家のために頷いてはくれないか」
大学の在学期間は成績によって異なる。最短五年で卒業できるのは学年にひとりいるかどうか。多くの者が七、八年で卒業となり、十年を越えると退学となる。入学の年齢の下限はなく、過去の最年少入学者は十四歳だった。
自分は今十五だ。再来年入学となれば十七歳。卒業に七年かかったとして、その頃二十四歳。
兄と妹の年齢を考えて、ユリウスは思案した。
「ローラの持参金は工面できそうなのですか」
妹の名をあげたのは、彼女の適齢期を思ってのことだ。まだ十三歳だが、あと三年もすれば口約束となっている婚約や結婚の話も動き出すことだろう。
父は痛いところを突かれたように眉をぴくりと動かした。
「今の状況では難しいだろうな。子爵家とうちの仲だ。しばらくは婚約のみとして、結婚は待ってもらうようにすればあるいは」
向こうの嫡男はユリウスと同い年だった。女性と違って男性の適齢期は長い。多少待たせても問題はないだろう。
とはいえユリウスの方ものんびり構えているわけにはいかないと悟った。再来年と言わず来年に試験を突破し、最短の五年卒業を目指す。自分はその頃二十一で妹は十九。嫁入りするのに遅すぎる年でもない。兄の卒業を待って家を出るという言い訳も十分立つ。
その間に兄スチュアートには気候の良いところで静養してもらう。六年あれば立ち直るに十分だろうか。ユリウスは王都で職を見つけ、後継の座を兄に返却し、実家の借金返済の手助けを申し出る。父はああ言っていたが、兄が元気になれば考えを変える可能性はある。
「わかりました。僕が大学に進みます」
このときはただの一時凌ぎの方策だとユリウス自身も思っていた。兄のことも家の借財のことも、時間が経てば解決するのだろうと。
だが自分の考えが甘かったことを、一年後に知ることになる。