失恋するまでの10日間〜妹姫が恋したのは、姉姫に剣を捧げた騎士でした〜

ユリウス9

 翌月の王妃の誕生日。ユリウスは朝早くから王城の広場に赴き、バルコニー前に陣取っていた。

 定刻となり、国王一家が姿を現す。

 本日の主役である煌びやかな王妃には目もくれず、ユリウスは己の目的だったその人を探した。

 王妃のすぐ隣で、黄金色のさらりとした髪を緩やかに編み込んだ、上品な濃紺のワンピース姿の少女が、控えめに手を振っていた。幼い緑の髪の妹姫がちょろちょろするのを邪魔くさく思いながら、ユリウスは一心にソフィアを見つめた。

(あれが、ソフィア王女)

 九歳の割には背が高く、つんと尖った顎にさえ気品を感じる。集う国民を穏やかに眺める瞳の色は赤。その視線はこちらを見ていながら、さらに遠くへと向いているかのようだ。

 あの少女の傍に行きたいと、唐突にそう思った。こんな遠くから見上げるだけでは到底足りない。彼女の視界に自分が入り、ルビーのような瞳の中にこの身を刻みたい。

「あれがソフィア王太女か。今回の大捕物の立役者だそうじゃないか」
「あんなに幼くていらっしゃるのに、大したものだな」

 周囲にいた平民と思しき者たちが感心して話し合うのを、聞くともなしに聞いていた。

「ソフィア様がいらっしゃればこの国も安泰だな」
「あぁ。いずれは立派なお婿様を迎えて、女王様として立たれるんだろうよ」

 最後の一言が妙に耳につき、つい男たちを睨みつければ、ちょうど時間となったようで、国王一家は城の奥へと姿を消した。

 周囲に集まっていた者たちが三々五々に散っていく中、ユリウスはまだ広場に佇んでいた。

 一国の王太女だ。いずれ女王となり、どこかから婿を迎えて後継を産み育てる義務も課されているのはわかる。一方でいや、彼女はまだ九歳ではないかと、なぜか気持ちが急く自分を落ち着かせる。

 まだ九歳の幼き少女。さすがに恋情を感じるほどユリウスも狂ってはいない。だが先ほど己の内から突き上がるように湧いた「彼女の傍に行きたい」という渇望だけは、どうにもごまかしようがなかった。

 今回の舌を巻くような手腕と類稀な能力を、もっと近くで見てみたい。叶うなら自分がその一助となりたい。

 あの凛とした佇まいで見通す国の先行きを、自分も同じ目線で眺めながら、共にその道を作り上げていきたい。

 彼女が願うこともそうでないことも、すべてを叶えてやりたいと思った。国を背負う中では綺麗事だけで済まぬ場面も多々出てくるだろう。彼女がその手を汚したくないというなら、自分が代わりに手足になろうではないか。一度は身売りさえ覚悟し、死の淵をも覗き込んだ命だ。それを投じる機会があるなら、喜んで差し出すまでだ。

 ほかでもない、ソフィア王女になら、この身を差し出せる。

 だが彼女が住まう場所は王城の中枢。そこへ行くためにはどんな手段を講じねばならないのか。

 ユリウスはひとり思案する。

 いずれ王太女として議会に出席することは間違いない。議員の条件は貴族家当主であること。伯爵であるユリウスも当てはまるが、人数制限があり推薦で選ばれる。若輩の自分が選出されるまでには数十年の時間がかかることだろう。

 となれば議員ではなく役人、それも政治の中枢を担う一等官僚の方が近道だ。ただし官僚は職域があり、関連する議題があるときしか議会には関われない。

 あらゆる状況において議会への参加権があり、王家の方たちとも近く接することができる部所となれば、ただひとつ——宰相府だ。国中のエリートが配属を望み、その座を争う狭き門。運良く入れたとしても、宰相府の中に存在する序列を駆け上って宰相補佐にでもならねば、あの王女の視界に入ることすら叶わない。

 だがその苛烈な道も、今のユリウスは困難とすら感じなかった。

 ——やってみせようではないか。

 もう誰もいなくなったバルコニーの、ソフィア王女がいた場所を見つめる。彼女の深淵をも見通すようなルビーの瞳を思い出しながら、ただひとり空へと誓う。

 十六歳のユリウス少年の目標は、こうして定まった。


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