失恋するまでの10日間〜妹姫が恋したのは、姉姫に剣を捧げた騎士でした〜

カーク6

 南部復興の任を託されたメンデル執政官に面会したカークとエステルは、想像していなかった事態に息を呑むことになった。

「人が足りていない、ですか?」
「はい。魔獣暴走(スタンピード)が激化している間、戦えない一般人を他領に避難させたのですが、彼らの帰郷がほぼ叶っていないのです。従って働き手が圧倒的に足りず、復興工事が遅々として進みません」
「麦の作付けが間に合わなかったのも、もしかしてそのせいですか?」
「おっしゃる通りです。今年は麦よりもより早く育つ芋類を優先して植えさせました。麦ほどの手入れがいらず、開墾が間に合わない土地でもそれなりに育ち、今いる者たちを食べさせることはできるだろうと判断してのことです」

 執政官は王城の官僚たちと密に連絡を取り、復興計画の報告をしながら指示を仰いできたそうだ。そのため出来うる最良の施策が実行されている。だが、復興は金さえあれば成るというものでもない。実際に手足を動かしてくれる労働人が不可欠だ。

「避難した者たちに帰郷を促してはいないのですか?」

 カークが問えば、メンデル執政官は疲れたような溜息を吐いた。

「麦すら植えられぬ荒れ果てた土地に、帰ってきたいと思いますか? いえ、本音は帰りたいと思っているでしょう。ですがまともな衣食住や仕事が保証されない場所に戻ってくることは、なかなかできる選択ではありません。皆、生活があるのですから」

 ぐうの音も出ない正論にカークは押し黙るよりほかなかった。メンデル執政官はさらに話を進めた。

「とはいえこの半年、何もできなかったわけではないのです。領都の中心部はある程度片付いていたでしょう? 以前ほどではないにしても家屋が建ち、物資の供給も増えて、商人たちが店を構える姿も見られるようになりました。国が手配してくれた労働者を都に集中させて、この半年間は夜間も交代制で工事を進めさせましたからね」
「だから中心部はこれだけ整っていたんですね。その労働者たちは今はどうしているのですか」
「彼らは全員引き上げました」
「引き上げた? なぜです。都の工事が終わったのなら次は畑の準備を頼むとか、他の街に派遣するとか、そうした方法があるでしょう」

 復興予算は潤沢にあると聞いたばかりだ。足りないのは人手。その労働者たちを引き上げさせたのはなぜかと問えば、執政官はちらりとエステルを見た後、「いや、まぁ、いろいろ事情がありまして」と言葉を濁した。

 そのわずかな視線を見逃すエステルではなかった。彼女もまた剣を持ち敵と戦う術を学んでいる者だ。

「メンデル執政官、私が何か?」
「いえ、滅相もありません、王女殿下」
「私はもう王女ではありません。エステルとお呼びください。それで、労働者たちが引き上げた理由はなんなんです?」
「いえ、その……」

 怯むことなく執政官を直視するエステルに根負けした執政官は、とうとう口を開いた。

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